「誰もいないの……? ヤエ、帰ってきたよ」
 スクリーンには、暗い闇色の背景に、青地を白のマーブル模様で彩った球体が浮かび上
がっていた。
 よく見ると、青の他に土色のところと緑色のところが白いマーブルの隙間にある。それ
がまた濃い青や薄い青を引き立たせて、とても美しかった。
 この星をヒトが支配していた時代の最後のあたりでは使い古された陳腐な表現だったが、
「宇宙に浮かぶ青い宝石」と言うのが本当にふさわしい姿。
 ずっとその姿のままでいて欲しいと、多くの者が望んだけれど。
「イツキもロッカもナナも、途中で動かなくなっちゃったけど……ヤエだけは帰ってきた
よ……ママたちとパパたち連れて、帰ってきたのに」
 ずっとその姿のままでいるようにと、多くの者たちが努力したけれど。
 残念ながらその願いが星とヒトのすみずみにまで行き渡るには手遅れだったのか、崩壊
へ向かう自然を止めることはできなかった。
 自然なくしてヒトもまた生きることはできず、星が病む中でヒトも病んでいき、ヒトと
いう種は滅びを待つ絶望のカウントダウンの時を迎えていった。
 それも、もはや、はるかなる過去の物語。
「ねえ……誰もいないの……? 地上のパパとママは誰も待っててくれなかったの……?」
 しかしそんな中でも、わずかな可能性にかけた者たちがいた。
 個の命よりも、おそらくはヒトという種を残すために。巨大化した爬虫類のように、星
の歴史に消えてしまわないように。
「やっぱり、みんな、もういないの……?」
 太陽の大きさと地球の自転速度から計算された船外時間が、船のコクピット全面に広が
るスクリーンの中の青い星にかぶるように表示されていた。それは、絶望に足る長さ。
 ヤエにはもう、パイロットシートから立ち上がるだけの余力さえもなかった。
 いかに亜光速の船とは言えども、船内時間はゼロにはならない。
 その愛らしい少女の姿は長い孤独を超えても旅立った時のままであったけれど、彼女に
とっての終焉の時が近づいていることは、ヤエ自身にもわかっている。その寿命が、姉妹
たちとさして変わるはずはないのだから。
 はるかなる新天地を求め旅立つヒトを送り届けること。もしもそれが見つからぬなら、
星の回復力に賭けて故郷に再度進路を取ることが、彼女の……彼女たちの使命だった。
 この星に誰も待っていてくれないことは、とても高い確率で計算され、予想されていた
ことでもあったけれど。
 記録の中の映像にも遜色ない、生きる力を回復したかのように見える青い地球が待って
いてくれたことは、救いだったけれど。
 でも……
「お兄ちゃんたちも、お姉ちゃんたちも、もういないの……?」
 周波数を次々に変えて、プリマヴェーラが流れる。
 登録されたすべての言語を用いて、ヒトの帰還を伝える。
 だがそれに、理解できる返答はなかった。
 ヤエ自身に繋がった船の受信機が拾うのは、雑音ともつかないものばかり。
「ねえ、誰か返事をして……」

「もう、誰もいないのかい?」
「ああ! そうだ、もうみんな引き上げたよ」
 新緑の緑と咲き誇る野薔薇が、春を飾る。
 花は秋よりも鮮やかに萌え、命の季節を謡いあげる。草原の緑がまだ淡さを残している
うちに、野薔薇の苑は一足先に緑を濃くして、遠くからでも目を引いた。
 二本足で草原を駆ける獣ルューが二匹、少年たちを背に乗せて走っていく。
 ネズミから進化して地球に生まれた第二の知的生命体ロムの少年たちは、長い尻尾をム
チのように使ってルューの足を速めさせている。
 彼らは、先を争うようにローズガーデン遺跡を目指していた。
 少年たち……開拓民の子ディーと草原の遊牧民の子リットに、どうしてもローズガーデ
ンに急がなくてはならない理由はない。
 ただ、半年ぶりに顔を合わせたので、すべてが新鮮な遊びのように思えただけだ。なん
とはなく、競争のようになってしまっただけで。
 勝負はリットが明らかに優勢だった。
 ディーがムキになって尻尾をしならせても、悠々と少しだけ先を行くリットを追い抜け
ない。
 そうしているうちに、こんもりと小山のように草原の中に茂った野薔薇の群生地は、も
う目の前だった。
「ディー! 止まるよ」
 少し手前でルューを下りて、そこからは歩いて行こうとリットが提案した。
 ルューを繋いでおくのに、ローズガーデンには適当な木が少ないからだ。どれもトゲだ
らけで、ルューが傷つくからと。
 急にリットが減速したので、ディーは親友を追い抜いてから、しばらくして止まった。
 そこからルューの首を巡らせて戻ってくる。
 追い抜きたいと躍起になってはいたけれど、多分これでは勝ったことにはならないので、
少しだけ顔がむくれていた。
 競争を一方的に中断したリットのほうは、それを見て声なく笑っている。
「なんだよ」
「……いや、ここにこいつらを繋いでいこう。これだけ大きければ、夕方近くになるまで
は日陰もあるだろうし」
 そう言って、リットは低木の多い草原では珍しい、背の高い木にルューの綱を結ぶ。下
草もあるし、しばらくはそれを食んでいてくれるだろうと。
 本格的にディーの機嫌を損ねる前に、リットは少しだけ顔を引き締め、ディーのルュー
の引き綱も同じ枝に繋いだ。
「この半年で、ずいぶん有名になったよね、ローズガーデン。南の町でも噂を聞いたよ」
 そして何気ないそぶりで話を変える。
「そうなんだ。近くにいると、それはわかんねーなぁ」
 ディーはあっさり話にひきずられて、表情を和らげた。
 このローズガーデン遺跡は、六十五万年前に滅び去ったヒトの遺跡である。
 半年前までは本当にヒトの遺跡であるかどうかを疑問視する声すらあったが、それはこ
こ半年でなくなった。なぜなら半年前に、この土地の地下深くから六十五万年の時を越え
て冷凍睡眠で眠っていた者たちが発見されたからだ。
 発見された者たちの姿は、尻尾のあるなしや耳の形などからロムと区別こそつくものの、
総合すれば別のほ乳類から進化を遂げた種と断じることが難しいほどロムと酷似しており、
世界中を驚かせた。
「なんだか、なつかしいな。まだあれは半年前のことなのにね」
「俺は、まだつい昨日みたいな気がするぜ。近くにいるのと、離れてたのの違いなのかな」
 リットが本当になつかしそうに目を細めるのを、ディーは不思議そうに目を見開いて見
た。
 ここで話をしている少年たちは、まさに世界を驚愕させた発見の一瞬に立ち合ったのだ。
 それが見つかるまでは、このローズガーデン遺跡にも近くの開拓民の町アルグにも、頻
繁に通う者は多くはなかった。ありふれた辺境の町と、ありふれた辺境の遺跡だった。
 この半年、訪問者はたくさんいた。そう、ディーは言ったが。
「でもなあ、たくさんすぎて何がなんだか」
 その多くは色々な都市の研究者たちだ。
 色々な分野の研究者たちがやってきた。目覚めた前文明の落とし子たちの、世話やケア
や研究のために。
 しかしそのラッシュも、発見された者たちをすべて各都市へつれていくことで、ひとま
ずは終わった。
「でもまあ、みんな引き上げちゃったからさ、もう遺跡には誰もいないはずだぜ。黙って
入り込んでるヤツが、いないとは限らないけど」
 俺たちみたいに、と言ってディーはぺろっと舌を出す。
 話はルューに乗っているときにしていて、途絶えたものに舞い戻ったようだ。
「都市の大学教授ってヤツが、うかつに入っちゃダメだとか言っていったけど、そんなの
トレジャーハンターが聞くわけないし」
 ルューを木の下に残して、少年たちは歩き始めた。正面に見えている野薔薇の大きな茂
み、ローズガーデンを目指して。
「大学教授ってシーサ博士じゃなくて?」
「違うよ」
 リットが知り合いの研究者の名前を出すと、ディーはふるふると首を振った。
「シーサ博士も来てたけど」
 シーサ博士というのは、半年前の発見の瞬間に彼らと共にいた研究者だ。
 シーサは公式な第一発見者と見なされていて、ずいぶん敬意は払われていたようだった
が……生来ののんびりした性格のためか主導権を握っているとは言いがたかったと、デ
ィーは声をひそめてリットに囁いた。大声でしゃべったところで、誰もシーサに言いつけ
る者はいないだろうに。
 まあ、陰口の気分なのだろうか。
「ふうん……危ないから、入るのを止めてるとか、そういうんじゃないの? 入っちゃっ
て大丈夫なのかな」
「そいつは平気! シーサ博士が、危ない仕掛けは何も見つからなかったって教えてくれ
たからさ」
 ディーが胸をはってそう言うのを、リットは笑って聞いた。きっとシーサ博士のしっか
り者の娘ハンナが聞いたら、また目を吊り上げて怒ったのだろうと思って。
 他の者に近づかないよう言っていったということは、まだ中の調査は完全には終わって
ないのだろうとリットは思う。
 だから、多分シーサの発言のほうがフライングなのだ。危ない仕掛けは、まだ見つかっ
てないだけかもしれない。本当に安全かどうかは、疑わしいかもしれない。
 だが、ディーと共にローズガーデンへ行くことをいやだとは、リットは思わなかった。
 それはずっと前からの、ローズガーデンが有名になる前からの、彼らの約束だったから。
「調査の連中がいっぱい来てさ、いいこともあったぜ。ほら、道ができてるんだ。切った
んじゃなくて、あっちに植え替えたんだけど」
 野薔薇の群生の中に一筋、半年前まではなかった道ができている。
 そしてディーが指さしたほうには、半年前にはなかったところに野薔薇がゆったり花開
いていた。
 新しくできた道を通って、彼らは悠々と、かつては野薔薇に埋もれていた中への入口に
到達した。
 その蓋を開けて中に入ると、暗い中にはしごが下っている。
 腰のランプに火を入れて、中に降りていくと、どこからか風を感じた。どこから吹いて
いるのかわからないが、空気の流れがあるのだ。
 だが下まで降りきっても、中は暗いまま。
「でも、こっから先には一緒には進めないんだよなあ」
 この奥に進むには、仕掛けがあるのだ。
 このはしごを降りきったホールから繋がっている通路に誰かが進むと、通路の入口が閉
じられ、その後、奥に繋がるもう一つの入口がホールの反対側で開くのである。
 だから誰かがおとりの通路に進まないと、本当の入口には入れない。
 少年たちだけでは、本当の意味で一緒には、中には入れないのだった。
「あのさ、前来たときに行ったとこに入るのは無理だけど、この奥に入ってみないか?」
 ディーの言葉に、リットは丸い目を更に丸くした。それから、心配そうに言う。
「出られなくなるかもよ、ディー」
 この仕掛けを誰より最初に見つけたのはリットだったので、それがどういう意味かは、
リットはわかっているつもりだった。
「へへへ、そう思うだろ」
 けれど、ディーは鼻を掻いて笑う。
「実はさ、こっちの奥からも外に出られるんだってさ。最初は野薔薇に埋まって開かなか
ったらしいけど。それに、そっちの出口が開かなくっても、待ってればこの通路の壁、ほ
うっておいてもまた開くんだってさ」
 そう言って、今は開いている通路を指す。『本当の入口』が開閉すると、おとりの通路
の入口が再度開く仕掛けだ。だがそうでなくても、数時間すれば再び開くことが調査隊に
よって後からわかったのだとディーは言う。もちろんディーの情報ソースはシーサである。
「行こうぜ。答がわかってる冒険なんて、つまんないかもしんないけど」
 まだ見つかってないものがあるかもしれないだろと、無邪気にディーは笑った。
 ディーに誘われるままにリットも通路の奥へ入った。
 背中のすぐ後ろで、せりあがる壁の息吹のような風を感じる。
 彼らが振り返ると、もう道は閉ざされる瞬間だった。
 改めて見ると、その速さを恐ろしくも思う。
「挟まれたりしないのかな」
「なんか、ものが上に乗ってるときには動かないんだってさ」
 へえ、とリットはディーの説明を聞いた。
 ディーはハンナの目を盗んでシーサからどのぐらいの話を聞き出したのだろうかと、リ
ットにはそちらのほうが気になりだしている。
「出口って、この奥?」
「うん、まっすぐ進むんだって……」
 ……不意に、そのとき、音がした。
 音は小さかった。そして雑音が多かった。
「なに? これ」
 ディーが知っているものと思って、すぐさまリットは聞いた。
 この通路の奥には入ったことがないので、前にも聞こえたものなのかどうか、リットに
は知りえない。
 その条件はディーも同じだが、シーサからさんざ情報は聞き出したのだろうと思ってい
たので。だが。
「……知らね」
 ディーもびっくりした顔で、耳をひくひく動かしている。どこが音源なのか、わからな
いのだ。
 それはリットも同じことだった。
「何の音かな? 雑音が混ざってるけど、音楽みたいだね」
「聞いたことないな。音も変わってるし」
 少しずつ、音が大きくなってきたように少年たちは思った。
 いまだ、音源はわからない。
 音源を探して首を巡らしていると、ディーとリットは今閉まったばかりの隔壁が、静か
に下がっていくのを見つけた。
 聞いた話では、再び道が繋がるまでには数時間はかかるはずだったが。
 そして。
「どういうことだ……? こっちが開いたのに、開いてるぜ。奥の入口」
 けして同時には開かないはずの二つの壁が、同時に開いていた。
 いや、何より、誰かが触れなければ、奥への入口は開かないはずではなかったか。
 誰かがディーとリットに気取られぬように後をつけて来なかったなら、誰も開ける者は
いなかったはずだ。
 当然だが彼らは、誰かが、という想像をする。それでも、開きっぱなしになっている入
口の疑問は残る。
 音楽は、また少し大きくなったような気がした。少しずつ近づいているかのように。
 不思議な感覚で音を聞いていると、声らしきものが時折混ざるようにも思えてきた。し
かし、何を言っているのかはわからない。
「何を……言っているのかな。混ざってるのはヒトの言葉だよね」
 それが肉声ではないことと、そしておそらくは数十種とあると聞かされたヒトの言語の
うちの一つではないかということは、リットには想像できた。
 ここで聞こえる理解できない言語なら、そう考えるのが自然だろう。
「泣いてる」
「泣いてるね」
 虚空を睨むように見つめるディーの言葉に、リットは応じた。
 意味はわからなくとも、それが悲しみの感情の発露を伴っていることが……確かに聞こ
える。
「どこで!?」
 ディーはあたりを見回した。
 視界の範囲には、どこにも誰もいない。
 かつてこの遺跡の奥で遭遇した記録音声と同じかとも思ったが、それが今このように彼
らの耳にさらされる理由はわからなかった。
 この場所に、調査の手が入ったことのなかった半年前とは違う。
 だから……
 ここのどこかで、泣いている。そう思ってしまったとしても、仕方がないだろうか。
「ディー!」
 開け放された奥への入口へと向かって走り出したディーを、リットも追いかけた。
「ディー! 戻れなくなるかも……」
 聞くわけがないと知りつつ、リットは警告もする。
 だが、ためらいなくディーは遺跡最奥部への入口に飛び込んでいった。
 幸いにも、リットがその後を追って中に入った後も、背後で入口の閉まる音はしなかっ
た。
 ディーがどんどん先に行ってしまうので、リットにも振り返って確かめる暇はなかった
けれど。
 永い時を越えるための寝床は、今はぬけがらだった。
 シーサ博士は、生まれたての、あるいは生まれる前の命が眠る場所を『生命のゆりか
ご』と呼ぶのに対し、ここを『生命のしとね』と呼んだ。
 生まれた後の命が時を越えるために眠る場所だったからだと、後からディーとリットは
説明を聞いた。シーサは、ユーモアのつもりだったらしい。
 眠っていた者たちは目覚め、起き出していったので、もうそこには誰もいない……はず
だった。
『ねえ、誰か返事をして……』
 言葉はわからない。
 わかるのは、ただ泣いていることだけだ。
 何もなかったはずの場所に、ゆったりした椅子が浮いていた。浮いているように見えた。
 その上に、少女が座っている。両手で顔を覆って、泣いていた。
 かつて、ここに初めてリットが入り込んだとき、その場所には同じように少女の映像が
あった。そのときは少女は立って、にこやかですらあった。
「映像……って言うんだろう。これは」
 映像という言葉にも、実物にも、草原に生きる少年リットは馴染みは深くない。
 だが、かつて記録映像だと説明を受けた少女と今同じ場所にいる少女の姿は、よく似て
いる気がした。その手が顔を覆ってはいても。
「映像……? でも、泣いて」
 それでも、引き寄せられるように、ディーは少女は歩み寄った。
 その手が届くほどに近づいたとき、少女は驚いたように顔を上げた。
『誰……?』
 ディーは、今確かに少女が自分を見ていること感じた。
『待っててくれたのね……!? ヤエたち帰ってきたよ。今船を降ろすから!』
 すがるように伸ばされた手は、ディーの腕を通り抜ける。そして、バランスを崩したか
のように、ヤエは椅子から落ちそうになった。
 だが、ディーにはそれを支えてやることはできない。
『必ず……無事に船を降ろすから。みんなはちゃんと降ろすから。必ず間に合わせるから』
 自分を抱きしめるようにしてつぶやいた後、ヤエは再び顔をあげた。
 その言葉の意味は、やはりディーにはわからない。
『ヤエが動かなくなる前に……! でも、降ろした後、そこまで移動はできないかもしれ
ない。迎えに来て……お願い……』
 ただ、今まで泣いていた少女が、ディーを認識して思いつめた表情に変わり、間違いな
くディーに何かを訴えかけていることはわかる。何かを懇願している。
『急がなくちゃ……もう、時間ない……』
 それは、ヤエの機能が停止するまでに。
 音楽のノイズがひときわ大きくなった。
 映像が乱れる。
『すぐに降りるから……予測座標を送るから、来て。お願い』
「なに言ってんだ? 頼むよ、わかるように言ってくれよ!」
 胡桃の弾けるような音がして、空中に白いスクリーンが開いた。
 それは、やはりかつてこの場所でディーとリットが見た映像の一つ。だが、映し出され
ているものは違うようだった。そこには、数字がものすごい勢いで流れていく。
『迎えに来て……』
 一方で、ヤエの映像は更に乱れた。
「……だから、なに言ってんだよ」
 かつてリットが感じたのと同じような切なさに、ディーはいらだちを感じる。どうした
らいいのかわからない、辛さ。
「この子は、ここにはいないんだ。今どこかにいるとしても、どこか、別の場所だよ」
「どこに!?」
 リットが背後から、ディーの肩を叩いた。
 振り返りざま、噛みつくようにディーは問う。
「……僕たちにはわからないよ」
「誰ならわかる? どうしたら」
 そのとき、ある姿がディーの脳裏にひらめいた。彼でもわかるかどうかわからないが、
ただ、多分ディーが頼れるのは彼だけだ。
 映像が完全に消え失せるまで、少年たちはそこにいた。
 そして少年たちが、そこではそれ以上どうにもならないことを悟って外に出るのを待っ
ていたかのように、野薔薇の苑は再び沈黙する。
 音楽も、もう聞こえない。
 外に出ると夕闇が近づいていた。
 ……それを切り裂くように、赤く大きな流れ星が、地平線の向こうに落ちていった。
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