戻る
「寒ぃな」
 そんな呟きが口を突いて出た。
「ほんと寒いね」
 後ろに乗ってる苗床も、同じように答える。
 ついこないだまで夏だったってのに急に寒くなって、自転車で風を切れば木枯らしが手
に刺さる。
 苗床を粒麗荘に送っていくのに、明日からは手袋を用意しなくちゃいけねーなと思った。
 苗床も寒いから、風除けなんだろうがくっついてくるのは悪くなかったが。
 凍える前に粒麗荘に着いて、自転車を降りると。
「椿君、ちょっとあったまってく?」
 茶の一杯くらい、と言われて、俺はもちろん頷いた。
「サンキュー、助かる」
 そして粒麗荘の、苗床の部屋に入ると。
「なんだ、もうコタツ出してんのか」
 ……もう、早々とコタツが狭い部屋の真ん中に鎮座していた。
「だって昨日寒かったんだもん」
 さむさむと、急須と湯飲みを二つ持ってきて苗床がコタツに滑り込む。ポットはコタツ
の上だ。
「椿君も入りなよ。今つけたばっかだけど、すぐあったまるよ」
「おう」
 言われて、俺も苗床の向かいに座った。

 湯気があがる湯飲みと、ぬくいコタツで、手先足先に血流が戻ってくる。
 ほっとしたところで、軽く伸ばした足に何か当たった。
 ……この感覚には憶えがあった。
 猫だ。
 コタツの中で何かに当たる時ってのは、中にケチャプーが伸びている時で……
 足で撫でたりいじったりすると、怒って噛みついてくる。
 そんな記憶を辿りながら、もぞもぞ足で当たっているものを探ってみた。
「椿君」
 怒って……
「足当たってるよ」
 ……噛みついてきたな。
 ちょっと噴き出しそうになった。
「椿君?」
「悪ぃな、でも中にいるのは猫だ」
「猫?」
 苗床は何言ってんのって顔をした。
「猫なんかいないよ」
「いるさ」
 ほら、そこに。
 言いながら、足先で『猫』を撫でる。
 すると苗床が「む」という顔をして、足を蹴っ飛ばしてきた。
「つっ!」
「猫に蹴られたんだよ、自業自得」
 つーんと背けた顔が憎らしいな、コノヤロウ。
 仕返しだ!
 と、足先でつねってやった。
「!」
「猫に噛まれたか?」
「……悪い猫がいる!」
 と、言うが早いか。
 苗床は……いやコタツの中の猫は連続蹴りをかましてきた……!
 このやろ、容赦しねー!

 そして二人とも暑くてコタツの中に足を入れていられなくなるまで、俺たちの『コタツ
の中の猫』との攻防は続いた……

戻る

inserted by FC2 system