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 二十歳の誕生日。
 中学時代から続く……本当によく続くと思うけれど……富中の仲間の誕生会。
 最後に二十歳になるのは、花井さんだった。
 毎年誕生会の仕切りは、その時によってそれぞれだったが、ここは記念すべき時という
ことで是非俺にやらせてくれと願い出た。
 男、山田丈之進、やるときゃやるぜ!
 だって、初めて全員アルコール解禁の日なわけだから。
 そういうわけで、初のアルコール入り誕生会の日がやってきたのだった。



「ごめん、おまたせ!」
「悪いな、遅れて」
 坂江輝の駅前に集合で、最後に現れたのは苗床と椿君だった。
 二人、手を繋いで。
 ……いつものことなんだが。
 はぐれるから、とか言うんだけどさ。
 でもはぐれるからって、大学生の男女の友達で手は繋がないよなあ……ははは。
 この二人は同じ都心の大学に行って、二人とも大学の近くにアパートを借りて暮らして
いるから、こういう時にそっちからやってくる。
 ……アパートは別らしいんだが。
 だが。
 ……まあ、その話は横に置いておく。
 主役の花井さん、夏草、杜若、椿君、苗床、そして俺。
 六人揃ったところで、会場の店に移動する。
「わあ、綺麗」
 水槽の中にテーブルがあるような、そして席自体をライトアップするような、キラキラ
としたムードのロマンティックな店を選んだ。
 窓の外には綺麗な夜景。
「まあまあの店やな」
 と、杜若。
 この手の店に詳しくて、かつ辛口の杜若の及第点を取れて、ちょっとほっとした。
「綺麗だよね、かのちゃんは大学で飲み会とかでこういうとこ行く?」
 きょろきょろする苗床に、花井さんが楽しそうに訊いた。
「大学の飲み会はもっと適当な居酒屋だよ。私、あんまり顔出さないけどさ」
「そうなんだ」
 へえ、と花井さんは苗床の答えを聞いている。
 よし、掴みはOKっぽい。
「ありがとう、山田君。良いお店探してくれて」
「喜んでもらえて良かったよ。今日は花井さんの二重のお祝いだからなー」
 花井さんは製菓の専門学校生だったから、もう卒業だ。
 今日は、花井さんの誕生日と杜若と花井さんの卒業祝いが一緒になっている。
 そして予約の席に案内されて、六人でテーブルを囲んだ。
 三人ずつで向かい合う席。
 花井さんが主役だから、花井さんは片方側の真ん中の席へ。
 隣にはまず苗床が座り、逆隣に夏草が座った。
 向かいの列には、注文を出しやすい端の席に俺が座った。
 もう一人の主役の杜若を中に入れるようにして、椿君が逆端に座る。
 椿君は、苗床の前に座りたかったんだろうと思うが。
「桃ちゃん、二十歳の誕生日おめでとう」
「卒業もおめでとう。花井」
「おめでとう」
「ありがとう、みんな」
「杜若も卒業おめでとう」
「まあ、まずは乾杯や」
 女の子たちは甘く綺麗なカクテルで、男はビールで。
「乾杯!」

「おいしいね」
「んー」
 花井さんはすごく店を気に入ってくれたようで、とても機嫌が良い。
 誕生日プレゼントなんかは少ししてからと、まずは飲んだり食べたり。
 ただ、花井さんの隣の苗床が今ひとつ食が進んでないようだった。
「大丈夫か、苗床」
 椿君も気がついているようで、苗床の様子を気にしている。
「……ちょっと気持ち悪い」
 思わず正直に答えてしまったのだろうが、花井さんはびっくりした顔で苗床を見た。
「かのちゃん具合悪いの?」
「あ、ごめん、平気だよ、桃ちゃん」
 慌てて苗床は笑って、カクテルに口をつける。
「無理すんなよ」
 椿君が苗床を気にしている姿も、この面子には見慣れた光景だ。「付き合ってるの?」
なんてからかいも冗談も、今更飛ばない。
「なんや、つわりかいな」
 ……杜若を除いて。
「つわりって。一人じゃ子どもはこさえられないよ」
 言えば苗床は、否定するんだが……もう誰もそんなことは信じてない。
 なにしろ、あれだ、この二人は。
「そないなこと言うて、またしょっちゅう椿様の部屋に泊まっとるんやろが!」
「それは、自分のアパートに帰るのが面倒臭いからって言ってるじゃん。椿君ちの方が大
学に近いんだもん」
 ……夏草の証言によると、椿君のアパートには苗床の歯ブラシと食器があるらしい。
 それは、もう半同棲って言うと思うんだぜ……
 ちなみに椿君は、この件については沈黙を守っている。肯定も否定もしない。
「……あー、ちょっとお手洗い行ってくる」
 杜若と「付き合ってんのやろ、いーかげん認めや」「違うっての」という恒例の応酬を
した後、苗床は席を立った。限界、という顔をして。
「大丈夫かよ」
 と、即座に椿君も席を立った。椿君が苗床を支えるようにして、二人はトイレの方へ消
えた。
 で、二人の姿が見えなくなってすぐ、杜若が花井さんに言った。
「桃香、行かんでええの?」
「え」
「いくら椿様でも、女子トイレには入れへんで。否定しとったけど、あれはコレやろ」
 そう言って、手で自分の腹のとこを丸く示す。
 それは妊婦のお腹を示すジェスチャーだ。
 ……杜若、冗談のつもりじゃなかったんだ。
 いや、全然冗談じゃなくても不思議じゃないんだが。
「え、で、でも……かのちゃん、やっぱり椿君と付き合ってないって言うし……お酒のせ
いとか……」
 花井さんは目を伏せる。
 花井さんは苗床が嘘吐いてるとは思いたくないんだろうな……客観的に見たら、あの二
人が本当に付き合ってなかったら、世の中の恋人のかなりの数が付き合ってないことにな
りそうだけど。
「現実見つめや。まあええわ、うちが行ってくる」
 そして杜若も席を立った。
 どうしようか一瞬だけ迷ったが、俺も席を立つことにした。
「俺も行く」
 夏草と花井さんと俺の三人で残されると、かえって俺は邪魔者だ。
 頑張れ、夏草。
 傷心の花井さんを慰めるのは、お前に任せるからな。
 そう心で告げて、俺は先に行った杜若を追いかけた。

 トイレの前の壁に寄りかかるように、椿君は立っていた。
「大丈夫かいな」
「平気平気」
「医者には行ったん?」
「行ってないよ」
「検査薬は?」
「……だ、だから違うっての!」
 女子トイレの中から漏れ聞こえる会話は、さっきの繰り返しだ。
「椿君」
「なんだ、山田も来たのか。苗床は、今杜若が面倒見てる。あいつの不調は酒のせいじゃ
ないから気にするなよ」
 酒のせいじゃないって言い切るってことは、杜若の想像は正解なんだろうか。
 と思ったら、椿君は自嘲するように笑いながら視線を逸らして。
「ちなみにつわりでもないからな」
 ……あれ?
「ち、違う?」
「ありえねーんだよ」
 そ、それはその。
 それはつまり、その。
 いやいやいや!
 でも!
 半同棲と違ったの!?
「原因なくして結果はねぇよ、あいつは聖母マリアじゃねーんだから。……他が原因だっ
たら、近いうちに俺が新聞に載る」
 うわ、一瞬殺気が。
 暴力反対ッス……
 でも、マジなのか。
 ど、どんだけ我慢強いんだ、椿君……!
 ……いやでも、スキンシップは普通より多いような気が。
 ……苗床のスルー技能が高すぎるんだろうか。
「じゃ、あれは……ただの体調不良で?」
「あれは……」
 言いかけたところで、苗床と杜若がトイレから出てきた。
「椿君、杜若さんになんとか言ってやってよ!」
 苗床の顔色は良くなっている。
 ちょっと顔が赤いのは酒のせいじゃなくて、杜若に赤裸々に追求されたせいだろうか。
「なんて言やーいいんだよ」
 椿君は嘲う。
「だから……私たち、付き合ってないって」
 なんだかちょっと苗床が恥ずかしそうに見えるのが、少し新しい気がした。
 なんだろう、今までは付き合ってないって言う時の苗床は、もっとふてぶてしかった気
がする。
「是非言うてもらいたいわ! 苗床さん往生際悪過ぎやで」
 杜若もヒートアップして、椿君に詰め寄った。
「……花井の誕生日プレゼントに、勉強になる美味しいケーキをって七軒有名ケーキ屋は
しごして、遅刻ぎりぎりまでケーキ試食しまくって来たから、食い過ぎで気持ちが悪いん
だって言やぁいいのか?」
 ……は。
「おかげで、それに付き合った俺もコーヒーの飲み過ぎで水ッ腹だ」
 ……そういうことか……
 椿君の話を聞いて、杜若もあきれた顔で苗床を見ている。
「だから言ったじゃん、違うって」
 苗床は胸を張っていた。
「アホやろ、あんた」
「なんでさ!」
 結局また杜若と苗床はぎゃいのぎゃいの始めながら、席の方へ戻っていく。
 そして椿君は、俺を見た。
「そういうわけだ。悪いな、山田。せっかく美味い店探してくれたのに」
「いや、苗床も顔色良くなったし。今回は居酒屋でケーキないから頑張ったんだよな、苗
床」
「……まぁな」
 俺たちも、席に戻るために歩き出す。
 でも、と思いながら。
 でも。
 結果のための原因がなくても。
 ケーキ屋に七軒付き合う椿君も、付き合わせる苗床も、やっぱり付き合ってるって言っ
ていい仲だ思うんだ。
 そう思っていると。
「原因まで辿りつくには、もうちょっとだな」
 椿君が軽く溜息混じりに呟いた。
 ……そうか。
 苗床が少し変わってきていた様子を思い出す。
 ――五年近くかかったようだけれど、チェックメイトまで後少し、らしい。

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