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「Trick or treat.」
 朝、おはようの代わりにそう言った。
 もちろん、手を出しながら。
「……おはよー、椿君」
 苗床は、何か奇妙なものを見る目で俺を見ながら、普通に挨拶を返して。
 俺が手を引っ込めないのを確認してから、言った。
「お菓子なんて用意してないよ。椿君がこういうイベントごとに乗っかるタイプだとは思
わなかったけど、こういうの好きだっけ?」
「去年までは、まったく興味なかったな」
「だよね。話振られても『ウザ』って言ってそうだと思ってたよ」
 ウンウン、と自分の考察が正しかったことを確認して苗床は満足そうに頷いた。
「で……どういう心境の変化?」
 苗床が興味津々の顔で見上げてくる。
 訊かれると思ってたぜ。
 そして、訊かれるのを待ってたぜ。
 俺は、最高の笑顔で返した。
「Trick or treat.の意味はわかるよな?」
「『お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ』でしょ。そのくらいはね」
「お菓子はないんだよな?」
「ない……けど……」
 苗床は顔を顰めた。
 ようやく意味を察したようだが、もちろん逃がすつもりはない。
 一気に苗床を抱き上げて、位置を入れ替え俺が苗床の席に腰を降ろした。苗床は、その
まま膝の上に抱く。
 逃がさないように、しっかりと。
 教室中がどよめいたが、気にしない。
「椿君!?」
「お菓子がないなら、イタズラするぜ?」
「ちょ……! 悪戯ってそういうんじゃないよ!」
「どういうんだよ?」
「子どもの悪戯だって! って言うか、ここ教室……っ」
 教室だな、教室。
 良い日だよな、ハロウィン。
 イタズラ公認。
 人前で手ぇ出すと怒るからな、苗床。
 でも。
「大丈夫だ、これはただのハロウィンのイタズラだからな」
 な、と俺の前の席の戸田に向かって同意を求める。
 ウンウン、と、強く同意を示して貰ったところで、俺は『イタズラ』を堪能することに
した。
「やっ、ちょっと! ねえ! ガン見されてるガン見されてるって! ……やっ……ばっ
かじゃなかろうかー!」
 と、苗床がじたばたして叫んでいたが、もちろん気にしなかった。



 それで、一日『イタズラ』を楽しめると思ったんだが……
 休み時間に一度苗床に逃げられたと思ったら、お菓子を買って戻ってきやがった。
 ……くそ。
 一日くらい、人前でイチャイチャしたっていーじゃねーかよ。

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