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「お前さ、花井のどこがいいの?」
 椿君が、お昼を食べ終わったところで、なんでだか突然そう聞いた。
 なに突然、と訊こうかとも思ったけど、桃ちゃんのいいところを語るのを惜しむのも良
くないような気がして。
「全部」
「……具体的に言えよ」
「天使なところ」
「それは具体的じゃねーだろ」
「具体的だよ、桃ちゃんは優しいし強いし。自分よりも他の人のことを先に考えるじゃな
い?」
「ふーん……それが天使?」
「私は自分のしたいようにしてきたからさ。でもそれじゃあ、天使な桃ちゃんの友達とし
ては問題あるような気がするから、爽やか少女を目指してるわけでね」
「自分のしたいようにしちゃいけないって思ってんのか?」
「まー、そうだね」
「花井は、お前にそうなって欲しいと思ってるのか?」
「…………」
 椿君がどういう話に持っていきたいと思っているのかわからなくなって、顔を見返す。
 特に表情からは何も読み取れない。
 からかってるわけじゃなさそうだ。
「それは違うかな」
 桃ちゃんは、今の私が駄目だとは言わないと思う。
「じゃあ、そうなんなくってもいいんじゃね? 花井はきっと苗床に変わって欲しいとは
思ってねーだろ」
「そうかもしれないけど」
 む。
 なんか話がおかしくなってきた。
「最低限、空気読めればいいんじゃねーの?」
「確かにそうかな……ところで、なんで、そんな話するの?」
 結局やっぱり気になって、訊いてしまった。
「俺は、お前の好きにすりゃいいと思うからさ。花井もきっと同じだと思って」
 同じかな。
 ……同じか。
 ……同じなんだ。
 そうか、桃ちゃんと椿君って、同じこと考えてんのか。
「天使と王様で、全然違うのにね。同じこと考えてるって、ちょっと不思議」
 そう言いながらも、なんだかちょっと嬉しかった。
 椿君が私の好きにすればいいって言ってくれるのは、初めてじゃない。でもそれが桃ち
ゃんと一緒だっていうのは、考えたことなかった。
 でも、そうだ。桃ちゃんも椿君も、私を大切にしてくれる友達だもんね。
「俺も天使なんだろ」
 イチゴ・オ・レを飲みながら、そんな軽口を叩いた椿君に「ない、ない!」と笑う。
「椿君、他人に気を遣わない俺様じゃん」
「必要なら気ぃ遣ってるぜ。先輩には敬語も使うだろ。タメなら引きすぎも変じゃね? 
ただ俺が気ぃ遣っても、周りがキョドるか距離読まねーかで上手くいかねーんだよ」
 女も男も駄目だ、と椿君は鼻を鳴らす。
 前にも考えたことはあるけど、椿君は周りが特別扱いするから親しい友達ができ難いん
だろう。いないわけじゃないけど、少ない。
 最初は友達にそんなこと考えちゃいけないと思ったけど、事実は事実で、実はそれはか
なりの部分が椿君の責任じゃない。周りの問題なんだ。
 椿君のいいところは顔だけじゃないし、デキの良さとかそんなのだけでもなくて、友達
を大切にしてくれるとことかもあると思うんだけど……そもそも崇められちゃって友達に
なれないから、それが表に出ないんだろうなと思う。
「そっか。椿君も天使なのかもね」
 何段論法だかわからないけど、それでいいのかもしれないと思って、肯定したら。
 椿君は私がそんな風に言うとは思ってなかったのか、びっくりした目で私を見て、そし
てちょっとだけ頬を染めて視線を逸らした。
「……天使は言い過ぎだった。俺が天使はねーな」
 照れてる椿君が可愛くて、ちょっと笑ってしまう。
 椿君のこんな様子を見るのは、ごく限られた友達だけ。
 もしかしたら、宝高では私だけ。
 でももし椿君の周りを取り巻く人がみんな普通に椿君を扱ったら、ちゃんと気を遣える
椿君はそりゃもうたくさんの友達が……
 そんな想像をして。
 私は思考停止した。
「どうした? 苗床」
「な……なんでもない」
 そう答えながら、自分が想像したことへの拒否感に、私は自分でびっくりしてた。
 びっくり……いや、前にも同じようなことがあったのを思い出す。
 あれは、夏草君が椿君の家に遊びに行ってたのを聞いた時だ。
 宝高の日常だと椿君には私くらいしか友達がいなくて、遊ぶのもなんでも私と一緒がい
いって言って、いつも私にべったりで、私だけを大切にしてくれてるから、うっかり忘れ
てしまってたけど……
 椿君が他の人と仲良しの様子を想像しただけで、こんなに嫌な気持ちになるのはどうい
うことなのか。
 これは独占欲だ。自分だけのものでいて欲しいという気持ち。
 友達に、こんな気持ちを持つのは良くないんじゃないの?
 それこそ天使から遠ざかってる。
「ほんとに変だぜ、なんか顔色悪ぃ。大丈夫か? 具合悪いのか?」
「う……ううん、本当に平気」
「無理すんなよ。保健室行くか? 午後の授業、寝ててもいいいぜ。ノートなら取っとい
てやるから」
 勉強嫌いで、自分はやらなくてもできるのに、私のためにノート取ってくれるんだよね
……それはすごく嬉しい。嬉しいけど。それは他に向かう先がないから、私だけなんだよ
ね。
 もし、椿君の気持ちが向かう相手が他にできたら。
 ……やばい。
 これはやばい。
 ループから抜け出せない。
「……ごめん。やっぱ保健室行くわ」



 本当は一人になりたくて、保健室に籠もることにしたんだけど。
 一人で行くって言っても椿君は絶対ついてくって言ってきかなくて、昼休みの保健室ま
ではついてきて。
 予鈴が鳴ってから、椿君はやっと出て行ってくれた。
 保健室のベッドに転がって、丸まって、気持ちを整理する。
 そして、危険過ぎて停止した想像の向こう側に……改めて挑戦する。
 椿君に他に友達ができるってだけで、自分だけじゃなくなるってだけで、あの有様だっ
たわけだけど。その向こう側には、もう一つ山がある。
 ……友達ができた想像でこれじゃ、私は、椿君に彼女ができたらどうなっちゃうんだ。
 椿君の彼女。
 どういう人を椿君が好きになるのかは、さっぱりわからないけど。
 彼女ができたら、椿君だってその子を一番大切にするだろう。
 朝は一緒に登校するのかな。帰りは送っていって。
 スキンシップ大好きな椿君だから、手を繋ぐのはもちろん、人前でも抱きしめたりとか、
キスしたりとか。
 ……人前で口にはしないかな。
 一応、最低限の常識はあるもんね。
 じゃあ、おでことか、ほっぺとか。
 …………

 ……あれ?

 もやもやと自分の想像に苦しみながら想像を続けるというマゾいことをしていた私は、
いつの間にか想像上の椿君の彼女が自分の姿になっていて固く閉じていた目を開けた。
 ベッドの上に起き上がる。
 どうしてそんなことになったのか、わかってはいたのだけれど、深呼吸した後もう一度
考える。
 …………
 何度考えても、自分の姿になる。
 なぜなら……椿君に彼女できたらするだろうと想像した、ほぼすべてのことを、椿君は
私にしていたから。
 やってないのは、朝一緒に登校するくらいじゃないか。
 そりゃまあ、もっと進んだコトはしてないけど……と、思いかけて。
 …………
 似たようなことはしてる、ということにも気がついた。
 襟剥かれて首噛まれるって、実はすんごいエッチなことじゃない……?
 そう思った瞬間。
 爆発するように熱が上がった。
 顔が熱いじゃすまない、体中熱い。
 血が逆流したみたいに脈打って、心臓の音が頭の中で聞こえる。
 どうして。
 どうしてだ。
 気がつかない間に、椿君に彼女の代わりにされてた?
 いや、でも、椿君、そんなことしないよ。
 ていうか、彼女なんか欲しければ作り放題だっての!
 あ、でも、遠巻きにされちゃって友達ができないんだから、同じ理屈で彼女もできな
い……?
 いやいやいや、椿君が彼女欲しいって一言いえば立候補が大量に。
 いや、やっぱりそれじゃ駄目なんだ。
 見た目や上辺だけじゃなくて椿君のことをちゃんとわかって、大切にする人じゃないと。
 そうじゃないと……私が納得できない。
 そんな人が現れるまでは、私が彼女の代わりでも……
 …………
 よくない、やっぱり。
 てか、気がついちゃったから、代わりなんかできない!
 思い出しただけで、こんな心臓バクバクなのに。
 そもそも自分がそんな対象になると思うところから、もう痛すぎるっての!
 私がそんな対象になるわけないじゃん!
 勘違いだって!
 ……落ち着け、苗床かのこ。
 深呼吸だ。
 椿君が、私を彼女の代わりにしてたっていうのは、まだ私の想像でしかない。
 本物彼女なら踏み越える一線は越えてないし。
 でも。
 でも……
 椿君は、他の人には、ああいうことしない。
 私だけ……だ。
 事実上、彼女だった……の?
 あー!
 違うっての!
 そんな対象じゃないから、気軽に……!

 私がそんな風にぐるぐると堂々巡りを続けている間に……午後の授業の終わるチャイム
が鳴ったらしかった。

「……苗床」
 ベッドの周りを囲むカーテンを引いて、椿君が現れた。
「お前、ちゃんと寝てろよ! 熱あるだろ、顔真っ赤じゃねーか」
 急に現れた当人を見て、私は硬直してた。
「ほら……!」
 と、手が伸びて来る。
 その手が額に触れると思った瞬間、耐えられなくなって後退った。
「……苗床?」
 怪訝そうに椿君が見てる。
 やばい。
 でも、言い訳が出て来ない。
「どうしたんだよ」
 椿君は怒ってるような声で、私は竦み上がった。
 椿君が怒ると、怖い。
 ……でも、私、なんで怒られるの。
 おかしくない?
 私が熱出してるのは、椿君のせいじゃん!
「なんで逃げるんだよ」
「つ――椿君が悪いんじゃん!」
「は!?」
「椿君が……私に、彼女にするようなことしてたから!」
「…………」
 私は勢いで叫んでた。
 少しでも冷静だったら、絶対言わなかったけど。
 落ちつくには、時間が足らなかった。
「気がついちゃったから! でも、友達を彼女の代わりにするとか酷くない!? 私……
椿君の恋人ができるまでの繋ぎじゃないよ……! そんなのやだ! ちゃんと私を見て
よ!」
 椿君は、黙って、私を見て。
 カーテンを閉めた。
「……友達じゃねーよ」
 そして言われた言葉に、今度こそ本当に硬直する。
 ……友達じゃ、ない?
「やっと気がついたんだな、お前」
 そう言う椿君は、なんだか嬉しそうだった。
 友達だと思ってたのは、私だけだった……?
「言っとくけど、彼女の代わりでもないからな。お前、鈍いから、言っても今までじゃス
ルーだったろうから、言わなかっただけだぜ」
 気がついたら、椿君もベッドの上に乗って、私の目の前にいた。
「あんなことするのは、お前にだけだからな」
「私……だけ?」
 私だけ、という言葉に、無条件に嬉しくなる。
 他の人にはしない……なら、彼女は、作らないってこと……じゃないな、えーと。
「お前が意識するまで、無理強いはせずに待っててやったんだぜ」
 ……無理強い?
 と、思ってたら、ベッドの上に転がされた。
 あれ?
「友達じゃなかったら……」
「友達以上、恋人未満、だろ。で、今日から恋人に昇格でいいよな? 代わり、嫌なんだ
ろ? 代わりじゃねーから、安心しろ。繋ぎでもねーよ。今日から、お前が本物の彼女だ
から」
 あれ……?
 椿君が、上にいる。
「お前だけしか、見てねーから。安心しろよ」

 ……あ、あれ……?
 私だけ……って、喜べば、いいのかな……?

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