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「かのちゃん、可愛いー!」
「そ、そう? ……ありがと。でも桃ちゃんの方が可愛いよ」
 31日大晦日の夜。桃ちゃんに着物の着付けまでやってもらって、これから除夜の鐘を
撞きに行く。
 お寺で除夜の鐘を突いた後、年を越したらそのまま神社に初詣に。中学まではこんなこ
と、しようとも思わなかった。人を見るのは好きでも、人混みが大好きなわけじゃないか
ら。
 でも大切な友達と行くなら、話は違う。
「かのちゃん、そろそろ出掛けよ」
「うん」
 着物の上にもこもこのショールを巻いて、桃ちゃんの家から外に出た。
 今年の終わりの風が、身を切るように冷たい。
 息が白い。
 雪でも降りそうな寒さだと、空を見上げようとした時。
「さみー」
 なんだか聞き慣れた声がして、ずしっと肩に重みがかかった。
 もこもこの上から、長い腕が巻き付く。
「つ――椿君!?」
「あっためてくれ、苗床」
「なんで……! って、頭に顔乗っけないでー! せっかく桃ちゃんが髪セットしてくれ
たのに!」
「ん? しょうがねーな」
 腕も下にずれて、椿君の顔が肩の上に下がってくる。
 ……拘束されているのは変わりない。
「椿君」
 後から出てきた桃ちゃんが、闖入者の椿君を呼んだ。
「花井、俺も一緒に行くから」
 椿君は相変わらずの俺様モードで、こっちの都合とかはお構いなしに言った。
 でも。
「私、椿君に二年参りの話したっけ?」
 言わなかったような気がする。
 椿君は年末、私が感染したインフルエンザで寝込んでたから、言わなかったはず。言っ
たらきっと一緒に来たがるし、しかも自分と二人じゃないことにスネるだろうって予測で
きたから。
 いや、桃ちゃんと二人きりが良かったって言うんじゃなくて。
 椿君に無理させたら、良くないからね。
「聞いてねーよ」
「じゃ、なんでわかったの?」
「夏草からメールきて、それっぽいことが書いてあったから」
 む……やっぱり意外に仲良しだ……
 夏草君とは昼間に富ヶ丘に戻ってきた時に、偶然会ったんだよね。口止めするのも変だ
けど、しとくべきだったかな……
「つぶれ荘に行ってみたら人気なかったから、こっちだろうと踏んだ」
「椿君」
 黙って聞いてた桃ちゃんが、少し首を傾げながら言った。
「インフルエンザ良くなったの?」
「もう平気だ」
「病み上がりなのに、無理しない方が」
「俺は頑丈だから、気にすんな」
「…………」
 椿君……桃ちゃんが呆れてる気がするよ……
「……うん、わかった。椿君は、お参りに行くべきかも」
「意外に話がわかるな、花井」
「必要な人って、いると思うから……だから、かのちゃん放して」
 しょうがねーな、って言って、やっと椿君は私から離れた。

 そして0時前に、お寺へ。
 まだ少し時間は早いのに、もう鐘は鳴り出している。
「さ、早く並ぼ、かのちゃん。除夜の鐘打たないと。椿君も」
「除夜の鐘なんざ、初めて打つな」
「私も初めてかも」
 そう言いながら、列の最後尾に並んだ。桃ちゃん、私、椿君の順番で。
「かのちゃんはともかく、椿君は毎年打った方がいいと思うけど」
 並んで、桃ちゃんが控えめながら、しみじみと言う。
「なんだよそれ。さっきも必要だって言ってたな。同じ話か?」
「うん。除夜の鐘は煩悩を滅するんだって」
 ……確かに椿君には必要かも。
 と思ったら、いきなり椿君が列から離脱しようとした。
「――じゃ、俺、打つのやめとく」
「椿君!?」
 慌てて、服の裾掴んで引き留める。
「なんで?」
 そして聞いたら。
「今、俺から煩悩がなくなったら困る。煩悩は思春期の原動力だぜ」
 ……いや椿君なら、少しなくなっても困らないよ。多分……



 除夜の鐘をどうにか椿君に打たせた後、今度は神社に向かった。
 神社の少し手前で年が改まる。
 そこで、いったん立ち止まって。
「明けましておめでとう、かのちゃん。椿君も」
「明けましておめでとう、桃ちゃん」
 何もない路上だけど、年が明けて一番最初に言えるっていいな。
 って思ったら。
 椿君がなんか機嫌悪そうに、覗き込んできた。
「……明けましておめでとう。俺は?」
「も、もちろん椿君も。明けましておめでとう」
「早く神社行こうぜ。今年の願いごとは決まった」
 そしていきなり手を引いて、歩き出す。
「あ、待って」
 桃ちゃんも追いかけて来て、三人並んで神社の境内に入る。神社は真夜中でも、もうや
っぱりたくさん人がいた。
 並んで賽銭箱の前まで辿りつくと、お賽銭を投げて、今年も良いことがありますように
とお願いして。
 それから、そっと椿君に聞いてみた。
「何お願いしたの? 椿君」
「来年の初詣は苗床と二人がいいって」
「は?」
「来年は、俺に一番に言えよ。新年の挨拶」
 そのために、二人?
 それでさっき不機嫌だったんだ。
 ……ばっかじゃなかろうか。
「それ、来年の話じゃん。これって、今年のことをお願いするんじゃないの」
 でもちょっとだけそんな椿君が可愛くなって、笑ってしまった。
 ――除夜の鐘打っても全然、変わってないじゃん。

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