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 かのちゃんがいた席に小走りに近づくと、その気配でかのちゃんは顔を上げた。そして
にっこり笑う。
 中学時代も笑ってくれなかったわけじゃないけど、高校に入ってからのかのちゃんは以
前よりも笑顔を惜しまなくなったと思う。屈託なく、優しく、可愛く笑う。
 かのちゃんがこんな風に笑うのを、椿君は毎日見てるのかと思うとちょっとうらやまし
い。……やっぱり同じ高校に行きたかったなあ。無理だけど。
「かのちゃん、待った?」
「ううん、私も今来たとこ」
 丸テーブルの、かのちゃんの前の席に座る。
「今日は杜若さんも来るんだっけ」
「うん、アルバイトないって言うから」
 今日は、一緒に買い物。
 夏服を見て回る予定で。
「おまたせや」
 そして、程なく杜若さんも待ち合わせのカフェに入ってきた。
「もう行く?」
「なんや、ちょっと休ませてくれへん。外はもう夏みたいな陽気やで。暑くてかなわん
わ」
 そう言いながら荷物を置いて、杜若さんはアイスコーヒーを買いに行った。
「今日は夏日らしいよ」
「梅雨前って、意外に暑い日多いよね」
 杜若さんは戻って来ると、空いてる席に座って。
「あー、生き返る」
「夏服選ぶんだから、暑い方がいいのかな」
 外の陽射しに目を遣って、かのちゃんが言う。
「なーに言うとんのや。夏のモードは真冬から始まっとんのやで。流行と陽気は関係あら
へんねん」
「……あり合わせの服以外は着たことないから、知らなかったよ。いや、聞いたことはあ
ったけど、考えたことがなかったって言うのか」
「あんたは、見た目からそういうタイプやな」
「そうだね」
 ずばずばとかのちゃんと杜若さんの間で応酬があって、ちょっと口を挟むタイミングを
外してしまった。
 なんか険悪そうなやりとりだけど、二人ともサッパリしてるからケンカになったりはし
ない……と思うんだけど。
「せやけど、あんたもちいとは気にせんと。いっつも隣に椿君がおんのやろ?」
「私服で並ぶことって、あんまりないけど……夏休みもあるし、夏はそうなること多いの
かな。でも、なんで気にしなきゃ……」
「造作のバランスが悪いからに決まっとるやろが! 顔はどうしよもないんやから、せめ
てセンス良い服着とき!」
「……わかった」
 ……ケンカになったりはしないと思うんだけど。
 大丈夫、だよね?
「これがなー、夏草君あたりやったら、まだ適当でもええとこやけど」
「そういうもん?」
「夏草君は、スポーツマンやからな。しかも、おおざっぱやしな! スポーツマンて『ス
ポーツマンのカッコ』って定番があるやん。定番でいればええんやから、楽やわ。で、女
も何が良いかわかんなかったら、それにあわせときゃえーねん」
「そういう意味か。私はインドア系だから、合わせるにもスポーツ系はちょっと……」
 やっぱりケンカにはならずに、なんだか隣に立つ人に合わせたファッション談義になっ
てきた。
 かのちゃんと杜若さんって、顔合わせること多くないけど、実は相性いいのかなって思
う。会話のテンポが良くて、二人が三つ喋る間に、私は一つ喋るという感じ。
「でも……合わせる必要とかないんじゃない……かな。彼氏ってわけでもないんだし」
 椿君は、確かにかのちゃんが好きだけど。
 でも、かのちゃんと椿君が付き合い始めたって話は聞いてない。
 それでも合わせなくっちゃいけないものかな。
 ……これは、やきもちなんだろうか。
「合わせなければ、笑われるだけや。アンバランスで注目浴びるんは苗床さんやで」
「うわ」
 かのちゃんが酷く嫌そうな顔をした。
「それは勘弁。服で多少でもどうにかなるんなら、見立ててよ」
 本当は空気でいられるようなのが良いんだけど、とか、かのちゃんはぶつぶつ呟いてい
る。
「空気は無理やろ、山田の隣にいるんと違うんやから」
「山田も実は結構モテるんじゃないの。富中は椿君と夏草君でほとんどの女子を釣り上げ
てたけど、仕切りの上手い盛り上げ係は、普通人気あるでしょ」
「そうだよね、山田君、良い人だし」
 うん、良い人。夏草君と仲がいいから、会うこともあるけど……すごく気を遣ってくれ
るのがわかる。
「山田、見た目はフツーやん。悪くもなけりゃ、良くもないわ。喋ってモテるヤツは、喋
んなきゃ空気ってことや」
「それはそうか……椿君が、山田の見た目だったら良かったのになー」
「……恐ろしいこと言いよるな、あんた」
「なんで? 見た目なんて関係ないじゃん。椿君は無駄に見た目良すぎて、面倒臭い」
 ……椿君に、同情するべきなんだろうか。
 どんなに見た目が良くても、肝心な相手にプラスになるどころかマイナスになるんじゃ
……意味ないよね。
 見た目で判断しないのは、かのちゃんの良いところではあるけど。
「でも、かのちゃん。椿君はずっとあの見た目だから、今の椿君なんだし……」
「そりゃまあ、そうか。上から目線じゃない椿君になってたんなら、それはそれでいいこ
とな気もするけど」
「椿君に毒がなかったら、なんか気の抜けた炭酸みたいになりそうな気もするわ」
「それもそうか……そうすると今の友達の椿君じゃなくなっちゃうもんね。じゃあ、せめ
て夏草君の顔だったら」
「あんた、そんっなに椿君の顔キライなんか?」
「だから、顔良すぎるんだってば」
「かのちゃん、顔が良いのも本人の責任じゃないから」
 杜若さんが舌打ちする。
「あんたが言うと、イヤミやで」
「そ、そんなつもりじゃ」
 私は慌てて手を振って否定した。
「まあ、本人の責任じゃないのはわかってるんだけど。目立つの嫌いなんだよ、私。あの
顔が隣にいると、どうしても目立つんだもん」
 かのちゃんは見た目のことは気にしてないというか、考えていないのか、そんなことは
気にもせず腕組みして顔を顰めて。
 杜若さんも、顔を顰めて……
「……金払ってでもその立場譲って貰いたいやっちゃ、多いで。そないなこと言うとると、
いつか刺されるわ」
「椿君が横にいるだけで、なんで私が刺されなくっちゃならないかな」
「それがわからんから刺されるんや」
 この二人って価値観がまったく噛み合わないから、このままずっと堂々巡りになりそう。
「面倒臭い……ほんとせめて、夏草君くらいの顔だったらな」
「あんた、夏草君が好きなん? 夏草君も、あのKYなとこがなければ上玉なんやけど。
人好いしな」
「そういうわけじゃないよ。うん、夏草君は善人だよね。でも、KYかなあ?」
 ええと。
 ええとええと、かのちゃんの誕生日のプレゼントを思い出す。
 かのちゃんは喜んだけど、実はあれは私も危ない橋を渡ったと思う……
「うん……ちょ、ちょっと……微妙なところもある気がする……」
 もぞもぞと杜若さんに賛同すると。
「ホラ、桃香ですらわかっとるで。あんた似たようなとこで空気読めへんから、わからへ
んのやろ。あれは相当やで?」
「……否定できないかも」
 喋ってる間に、みんな飲み物が空になった。
「ほな、そろそろ行こか」
 杜若さんが席を立つ。
 それで私とかのちゃんも立ち上がった。
 これから三人で、可愛くて安い服を扱うお店を回る。
 杜若さんは陽気と流行は関係ないって言ったけど――気の早い夏日の日、服はちょっと
やっぱり薄手のものを選びたくなった。

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