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 また夢だ。
 なんだか見慣れた気もする、椿くんの家のリビング……でも、実際に出入りしたことは、
ほとんどない。この夢で見るから、錯覚している。多分、本当の椿君の家のリビングとは、
細部はかなり異なるだろうと思う。
 スカートを抓むと、いつもこの夢で着ている黒のワンピースだ。なので、猫耳も猫尻尾
も装備されているに違いない。
 前々回まで生猫の猫耳だったものが、前回作り物になってたりしたので、いつも同じじ
ゃあないんだけど……今日はどうなんだろうと、おそるおそる頭の上を触ってみた。
 ……猫耳は、ある。
 ……手触りは、作り物っぽい。
 作り物だった前回は、椿君と会話になったんだよね。会話が成り立ってたかって言うと
微妙だけど、まあ、喋ることができた。つまり今回も喋れるってことか。
 試しに、「あー」と発声してみる。
「うん、喋れる」
 生猫耳だったころは、にゃーしか言えなかったからな……
 それで、やっぱり取れないのかなあと、猫耳をひっぱってみた。

 ……はずれた。

 はずれた!?
「嘘!?」
 本気でびっくりして、手の中の黒い猫耳カチューシャを見下ろした。今まで、なにがあ
っても取れなかったのに……!
 いや。
 作り物だったのは前回からだから、その前は取れなくて当然だった。
 作り物なのに取れなかった前回が理不尽だったんだ。
 今日は取れるのか……段々理不尽な感じが減ってきたのかな、この夢も。
 さて、猫耳が取れたなら、尻尾も取れるはずだ。
 作り物尻尾がどうやってついてるのか、そう言えば前回は確認しなかった。
 改めて確認するべく尻尾の付け根を触ってみる。
 尻尾、スカートの外にあるんじゃないんだよね。
 きょろきょろと周りを見回し、椿君がいないことを確認して、スカートを捲った。お尻
に手を回すと、やっぱりパンツの上のとこに安全ピンで留めてあるらしいことがわかる。
 よし、これを外せば……
 ピンを外して、尻尾が取れた、と思った時だった。
「……なに尻丸出しにしてんだよ、苗床」
「おわぁっ!」
 衝撃的な発言が聞きたくない声で聞こえて、慌てふためいてスカートの裾を下ろした。
 ……手遅れっぽいことはわかっている。
 でも、慌てるな、私。
 これは夢だ!
 ……あれ? 夢だよね。
 でも、今、なんか、いつもの夢と違う点があったような。
「なんだよ、誘ってんのか? 苗床」
 笑って、何を言ってるんだ、椿君……
 そしていつもの夢との相違点に気がついた。
 苗床、って呼んでる。
 いつもこの夢だと『かのこ』だったのに。
「椿君」
「なんだよ?」
「私の名前は?」
「苗床かのこ」
「いつもの呼び方は?」
「苗床」
 すごい。普通だ。
 これは猫耳がはずれた効果?
 つまり、今日は猫じゃないんだ、私は。
 ……これは何度も挑戦しながら実現したことのない、この夢の中で外に出るチャンス?
 まあ、出たところでどうってことないことはわかってるんだけど。あまりに上手くいか
ないと意地になるよね。私にとって、この夢の中で外に出るのは、そういうレベルの話だ。
 よし、人間同士で、いつもの椿君なら、さすがに外に出るなとまでは言うまい。
「椿君、私、帰るね」
 ……言わないと思ったんだけど。
「なに言ってんだよ」
 え?
「外に出るなよ、危ないだろ?」
 何故!?
「椿君!? どうして? 私のこと人間だと思ってるよね!?」
「どうしてもなにもないだろ。人間じゃなかったらなんなんだよ」
 そりゃあ、猫だと……
 でも猫だとは思ってないんだ。
「人間だと思ってるなら、なんで外に出ちゃいけないの?」
「そりゃ、俺に飼われてんだから」
 ……は?
 な、なななななんて言った!? 今!
 飼ってるって言ったよね!?
 人間なのに椿君に飼われてるの!?
 それはまずいんじゃないの!?
「人間飼っちゃだめでしょ!?」
「なんでだよ」
 なんでってそりゃあ……人間の尊厳とかそういう根本的な問題を問われると困っちゃう
んだけど。
 いや……落ち着け、私。
 これは夢だ。
 理不尽なことに慌てても文句を言っても始まらない。
「私、椿君に飼われてるの?」
「おう」
「ご飯もらって?」
「夕飯は何がいい?」
 えーと……何にしようかな……じゃなくて。
「鮭フレークでいいよ」
「ちゃんと野菜も食えよ」
 ああ、やっぱり人間扱いではあるんだ。
 なんか、いつもより困る事態なんだけど、困っても所詮夢だしなあ……
「ほら、こいよ。苗床」
 ひっそり途方に暮れていると、椿君に抱き上げられた。
 いつもは猫だから、抱かれるのもしょうがないけど。今日は人間なんだから、これはち
ょっとやり過ぎじゃない?
「椿君、降ろしてよ」
「こら、暴れるなよ」
「だって」
 椿君は私を抱いたまま、ソファに腰を降ろした。これもいつもと同じだ。
 でも、そこから先が。
「おとなしくしてろよ」
 って言って、ソファに転がせられた。
 椿君が上になる。
 こ、この体勢は……?
 飼われてるって、その、あの、そういうペット!?
 いやいやいや、こ、これは夢だ!
 本物の椿君じゃない!
「椿君! おちついて!」
 って言っても無駄なんだ。それはわかってるけど、どうしたら……!
「なんだよ、さっき誘ってたんじゃないのか?」
 いやいやいやいや、パンツ丸見えだった理由は尻尾を外してたからで……!
 ……あ、尻尾。
 そうだ、猫耳。
 猫耳がないから、今は人間扱いなんだから……!
 私はまだ手に持っていた猫耳カチューシャを、頭にえいっと被せて。
「……にゃあ!」
「ん? なんだ、かのこ、腹減ったのか?」
 ……ね、猫に戻った……



「見た目っていうのは、やっぱり大切なのかもね」
「珍しいな。いつも見た目なんかどうでもいいって言ってんのに」
「象徴するものに認識は支配されてるんだと思ったよ……」
「……? どうしたんだいったい?」

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