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 はぁ……溜息が止まりません。
 やはり現実は非情だということを、こんなところでも思い知ることになるなんて。
 苗床さんと椿様がラブラブだというのは、実はこればかりは妄想だと思っていませんで
した。
 だって、ねえ。
 朝のだって、ラブシーンにしか見えないじゃないですか。
 椿様が苗床さんの顔を両手に挟んで、鼻が触れそうなほどの至近距離ですよ?
 あれで付き合ってないとか、ないですよ。
 変ですよ。
 あれを見て、あのお二人が付き合ってないと思える方がおかしいと思います。
 宝高生って、やっぱり勉強ばっかりしてきたから恋愛事に疎いんじゃないでしょうか。
 とは言え、椿様に美少女の恋人がいるというのは堪えました。
 あれだけの美形ですから、いておかしくないということは私にだってわかります。
 それが自然であることも。
 でも。
 あの苗床さんと完璧美形の椿様だから、ドラマにもなりますのに……
 私ったらあまりにショックで、いつものように妄想で自分の思うままにひっくり返すこ
ともできずにいて。
 沈んだ一時限目を過ごしてしまいました。
「夢見さん」
 けれど、苗床さんが休み時間にわざわざ私のところを訪れたのです。
「苗床さん」
「ちょっと。あんまり時間ないから」
「なんでしょう?」
「椿君が来たら邪魔されるから、手早くいくけど。あのね、朝の話、嘘だから」
「朝の」
 朝の話……それは!
 私の上に告知天使のファンファーレが鳴り響くのが聞こえました!
 やはり……!
「やっぱり苗床さんと椿様は付き合って!」
「違うっ! それじゃない!」
「え」
 苗床さんが怖い顔で否定を……そんなに否定しなくても。
「それは本当! ただの友達! それじゃなくて、桃ちゃんと椿君が恋人だって話の方」
 ……恋人ではない。
「椿君はそうしておいた方が自分に都合がいいもんだから、桃ちゃんを利用しようとして
んの!」
 なんて男だよ! と苗床さんは椿様のことを悪し様に言われましたが。
 私は、訂正された話を繰り返し考えていました。
「噂を否定して回るわけにもいかないから、噂を消すのは他に方法考えるけど、夢見さん
には先に訂正しておいた方がいいと思って。いつもみたいに妄想で桃ちゃんのこと電波飛
ばされても困るからさ。私なら別に嫌がらせ受けてもいいけど、桃ちゃんは……」
 すみません、途中からあまり聞こえてなかったかもしれません。
 それはつまり。
 それはやっぱり。
 苗床さんと椿様は両思いだということですよね……!?
「わかりました!」
 それはつまり苗床さんは椿様とお付き合いはしていなくても、今はただの友達でも、親
友の桃ちゃんさんと椿様が恋人同士だと思われているのは耐えられないと、そういうこと
ですよね!

『いくら親友でも! 譲れないものはあるの!』

 ていうことですよね!
「委細承知いたしました!」
「本当にわか……あ、やば」
 と苗床さんが言ったところで、椿様が参りました。
「苗床、もう鳴るぞ」
「ごめん、今行く。じゃ、そういうことだから!」
 わかりました、苗床さん……!
 あなたの切ないお気持ち、しかと受け止めました!

 はぁ、ちょっとほっとしました。
 これで二時限目は、楽しく授業を受けられます。
 苗床さんのお話によれば、椿様は桃ちゃんさんを利用しようとしているとのこと。
 それはやはり、あれですね。
 今朝、苗床さんが嫌がらせを受けてると言っていたからですね。

『苗床は何を犠牲にしても俺が守る……お前以外には、何もいらない……』

 ということですよね。
 ああ、なんという深い愛……っ!
 ……そんなお二人なのに、なんでお付き合いしていないんでしょうか。
 はっ、もしや!

『わかってるだろ、俺にはお前だけだ』
『でも桃ちゃんが椿君を好きだから……私には桃ちゃんを裏切れないっ』

 ……ベタベタ過ぎますね。
 あ、そうです。
 桃ちゃんさんは、恋人ではないと言いましたけど。

『あいつはただの親の決めた許嫁だ、俺の心はお前だけに……!』
『でも私は桃ちゃんと親友だから……! 許して椿君……!』

 はっ、そうです!
 もしや、桃ちゃんさんと椿様が恋人であるのを否定しに来たのも、嫉妬ではなくて!

『私は桃お嬢様に従う使用人だもの……! そして椿君はお嬢様の婚約者……許されない
わ』
『そんなのは関係ない。俺が愛してるのはお前なんだ』
『お嬢様のことを守って、私が椿君の狙う女たちの矢面に立たないといけないの。一緒に
いるけど、それは演技なのよ……』
『嘘を吐くなよ。お前の気持ちなんて、俺にはわかってるぜ……俺はお前を守りたいんだ。
そのために桃とは婚約者のふりをしてるだけだ……』

「同じベタでも、こっちの方がドラマチックですね!」
「……夢見、どっちの数式の方がドラマチックだって?」
 あ。
 ……いけないいけない、思わず授業中だということを忘れてしまいました♪
 続きは休み時間にあのお二人を覗きにいって、考えることにしましょうっ。

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