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「ねみ」
 昼食を食べ終わった後、椿君があくびをした。
「夜更かしでもしたの?」
「昔のアルバムの整理させられてな」
「ふーん。自分の?」
「いや、猫の」
「猫……」
 椿君が猫を飼っていた話を聞いたせいでアヤシイ夢を連続で見てしまった私は、ちょっ
と複雑な気分になる……猫好きなのかな、椿君ち。
「苗床。ちょっと付き合えよ、外」
 それから伸びをして、椿君は私を呼んだ。
「何?」
 中庭で、芝生のあるところに行って。
「この辺でいいか。座って」
「なに」
 よくわからなかったけど、椿君に言われた通りに座る。
 なんか話でもあるのかな。食堂じゃできない話?
 と思ったら。
「膝貸して」
 ……と、私の膝を枕に寝やがりましたよ、この男。
 人をなんだと思って……!
 ……今は枕だと思ってるな、くそう。
「ちょっと、人来たらどーすんのさ」
 腹が立つくらい端正な顔の真ん中にある鼻を抓む。
 椿君は目を閉じたまま、顔をしかめた。
「いーじゃねーかよ、別に」
「良くないっての。またなんか変に勘ぐられて五月蠅いのが……って」
 寝息が。
 もう寝たー!?
 人の話聞けってのー!
 はー。俺様なんだから。
 振り落として立ってやろうかと思ったけど、それも爽やか少女のやることじゃないなと
踏みとどまった。
 誰か来ないか、ちらちら周りを見ているうちに。
「ん……外出るなって……」
 椿君が寝言を言い出したので、もう一度椿君の顔を見下ろした。
 よく寝てるっぽい。
 やっぱり寝言だ。
 何の夢を見てるんだろ。
「おとなしくしろ、かのこ……」
 ……はい?
 ……苗床、じゃなくて、かのこ?
 どこの、かのこ?
 ……かのこってたくさんある名前でもないけど。
 でも単純に私が出て来る夢だったら、『苗床』って呼ぶんじゃなかろうか。
 疑問が渦巻いて、耐えきれなくなった。
 普通に起きたら、もう何の夢だか忘れてるかもしれないと思ったから。
「椿君!」
 ペしペし叩いて、椿君を起こす。
「……かのこ?」
 まだ寝ぼけた顔で、椿君は不機嫌そうに目をこする。
 かのこって呼ぶのは、まだ夢が混ざってる?
「起きてよ。何の夢見てたのさ?」
 椿君は身体を起こさないまま、私を見上げて。
「ああ……夢か」
 やっと夢と現実の区別がついたように、瞬きする。
「苗床が変なこと言うから、変な夢見ちまった」
「変な夢って?」
「猫のお前を飼ってる夢」
 ……私の夢の話に、影響されたってことか。
 ……猫の私を……
 待って。
 どうして、その猫が私だってわかったのさ。
 私の名前の猫を、じゃなくて。
 椿君、猫の私ってはっきり言ったよね?
「ど……どんな夢だったわけ?」
 私の頭の中に、二回見た夢がぐるぐる回る。
 一度目のなら、「かのこって言う名前の猫」の夢。
 二度目のなら……猫耳の私の夢だよ!
 いったいどっち!?
「どんな夢って……お前、勝手に外出ようとして」
 そういえば、気まずくて二度目の話はちゃんとしてないな。
 あ、でも、そのままの私だったって言っちゃったか。
「…………」
 緊張感あふれる沈黙の後。
「続き見る。もう一回寝るから、十分経ったら起こして」
 こともあろうに椿君は膝の上で寝返りを打って、私の足の上に顔を埋めて、今度はうつ
ぶせで寝始めた。
 ちょ、どこに顔埋めてんの!
 いや、それより。
「待って! 夢、教えてからにして!」
「……後で。すぐじゃねーと続きになんないかもしんねーから」
 その後、揺すろうが叩こうが椿君は予鈴が鳴るまで起きなかった。

 ――そして、どんな夢だったのかはどうしても教えてくれない。

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