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 いつも終わった後しばらくは、苗床は蛹のように毛布を被って顔も出さない。
 もちろん何が終わった後かは……言うまでもねぇな。
 直接畳の上じゃ苗床が辛いから、必ず布団は敷く。
 毛布はその時に一緒に出す。
 丸見えなのが嫌だと、二回目から苗床がどうしても毛布一枚上にかけてくれと言い出し
たからだ。
 俺は苗床の身体が見えにくくなるから嫌だったが、これに関して最後の選択権は今のと
ころ完全に苗床にあるので、従わざるを得ない。
 俺はまだ、苗床の許しに甘えているだけだからだ。
 最中には二人の身体を隠していた毛布に、今は苗床一人でくるまっている。
 ――この状態は、無言の拒絶のようで、正直キツい。

 始める前、布団は俺が敷くので、苗床はそれを黙って待っている。
 文字通りヤるための準備という感じでムードもへったくれもねーが、今は飛ばせない手
順なので、やむを得ない。
 苗床は何も言わないし、気にしてないかもしれないが、でももし気にしていたら……と
思うと、どうにかしたいところではある。
 せめて二人で旅行にでも行ければと思うが、こうなってからまだ日も浅くて、バイトに
時間を取られる踏ん切りがつかない。苗床と一緒にいられる時間を削ってまで、と躊躇し
てしまう。俺だけ金があっても、多分苗床に首を縦に振らせるのは難しいだろうってのも
ある。
 俺の部屋にはベッドがあるし、俺んちに連れて行っての方が準備も後始末も気が楽だが、
姉貴に感づかれれば小うるさいことになるだろう。それは多分、苗床も嫌がる。
 苗床は、この関係を他人に知られるのは嫌がってる。
 俺としては苗床に悪い虫がつかないように周りにわからせておきたいのが本音だが、強
行できないこともわかってる……
 苗床の気持ちは、ただの同情かもしれない。
 強引さへの、諦めかもしれない。
 恋じゃないということだけは、わかってる。
 そんなことは最初っからわかってる。
 そんなことは――何度も聞いてる。
 何度も何度も。
 それでも諦めようなんて、これっぽっちも思わなかった。
 俺が苗床の一番近くにいることを、手放す気なんかないし、誰かに譲る気もない。
 誰にも奪われないなら、待つことは厭わないが。
 でも、誰にも奪われない確証はない。
 だから苗床が受け入れてくれると決心した時、俺は躊躇しなかった。
 今は恋じゃなくても、未来にそうじゃないとは限らない。
 そのいつかのために、ずっと苗床の傍にいるために、今この時にも一番近くにいなくち
ゃいけない。
 苗床がそうしたいなら誰と親しくしたって――どうにか我慢するが、俺の場所には立た
せない。
 高校に入ってからは、どうにも俺の横に並ぼうとしているヤツが目につくようになった。
 だからもう一歩、前に出ないといられなくなった。
 恋じゃなくても、何でも、いいんだ。
 ――今は。

 だからどんなにキツくても、拒絶を感じても、後退はしない。
 苗床の気持ちが俺への恋慕じゃないから、なおのことなのかもしれない。
 俺が退いたら終わっちまう。
「苗床」
 毛布を被っている頭のところに、そっと声をかけた。
「…………」
「大丈夫か?」
 いつもすぐには、返事はない。
「具合悪いなら、言えよ」
「……大丈夫。でももうちょっと……」
 初めての日は毛布なしだったから、この毛布の中で苗床がどういう風にしているのかは
わかってる。
 猫みたいに本当に小さく、丸くなっている。
 触ると嫌がる。
 「触らないで」と初めて言われた瞬間は、目の前が真っ暗になった。
 しばらくすると出て来て何もなかったように普通に振る舞うけれど、毛布に籠もってい
る間は触られるのを嫌がる。
 それがどういうことなのか、繰り返すたびに考えている。
 本当の拒絶なのか。
 違うものなのか。
 違うものであってほしいという願望から、俺は一つ答を探し出した。
 今日は、それを確かめてみようと思う。
「苗床」
 毛布を捲る。
「ちょ……もうちょっと待……」
 俺は苗床の抵抗の言葉を無視して、横向きで丸くなっていた苗床をごろんと転がして仰
向かせる。
 毛布の端から、戸惑うような苗床の顔が上半分だけ覗く。
 毛布を奪われないように、しっかり握り締めて。
 ……やべ、可愛い……
 した後の顔、あんまり見せてくんねぇから。
 あああ、ダメだダメだ。
 今日は確認しようって、思って――
 俺は苗床を逃がさないように、その上に軽く覆い被さるように見下ろして……
 辛うじて覗いてる頬に、そっと触れる。
 苗床がびくっと震えた。
「やだ! 触らな」
「苗床。まだ……感じるのか?」
 苗床の見えてる部分が、全部真っ赤になった。
 これは、正解で良いのかもしれない。
 ……イった後、身体が敏感になりすぎるってやつ……だよな。
 だから毛布に隠れてるのか。
 毛布を上げて、顔を隠そうとする手を押さえる。
 そのまま布団に押さえつけて。
 苗床は少し悔しそうに、俺を睨む。
 でも、顔は真っ赤だ。
 しまった、確かめるだけのつもりだったけど、これは……
 駄目かもしれない、可愛すぎる。
「苗床……もうちょっと待つから」
 ――もう一度させてくれと、囁いた。

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