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「通してくれないか、椿君」
「何の用で生徒会に?」
「用はないんだが……意外だな、椿君は矢吹先輩のシンパだったのか?」
「……なんだって?」
「今、生徒会室には矢吹先輩だけがいるはずなんだけどね。で、かのこちゃんを呼び出し
たって、さっき生徒会の子に聞いたからさ」
「!?」
「君がここにいるってことは中にいるんだろう? 二人っきりにさせるなんて余裕だな」

「残念ながら、どうやら時間切れらしい」
 何がと問う前に、椿君が生徒会室に飛び込んできた。
「苗床っ!」
 びっくりするほど乱暴に戸を開けて、大股に走って来る。
 いや、走る程の距離もなくて、ほんのコンマ秒で椿君は私と矢吹先輩の間に入った。
 椿君が矢吹先輩を突き飛ばしたようにも思えたけれど、矢吹先輩は椿君の動きを予測し
てたようにするっと後ろに下がっていた。
 柳に風の如く。
「てめぇ何をして……!」
 あおりを食ったのは私の方で、軽くよろめく。
 でも、僅かに揺れただけで止まったのは後ろから抱き留められたからだった。
「大丈夫かい、かのこちゃん」
 そのまま見上げたら、城蘭聖だった。
 この人も、よくわからん人だ。
 もっと打たれ弱いかと思ったら、意外にめげるようなこともなくて。
 妙な人当たりの良さのまま、まとわりついてくる。
 椿君目的な気がするんだけど、落とせなかったから、私から懐柔しようとしてるのかな
あ。って思ったんだけど、なんかそれも微妙に違うような……
「あ、どうも」
 とりあえず、支えてくれたお礼を言った。
 それでか、椿君が振り返った。
「って、てめぇも触んな!」
 わかんないって言えば、椿君が一番わかんないけどね。
 城蘭先輩の腕の中から引っ張り出されて、毛を逆立てた猫みたいな椿君の腕の中に移動
した。
 なーんでこんなに怒ってんのかなあ。
 椿君、いつも、私が男子と話してると怒るんだよね。
 そんなに心配しなくても、子どもじゃないんだから、知らない人についてったりしない
しさ。大体、そんなつもりで私に声かけてくるヤツなんかいないって、何度も言ってるの
に。ホント、お母さんみたいだよ。
 もしかして、椿君、こっそりお母さんから頼まれてたりするんじゃないだろうか。
 そういう危ないことがないように、みたいに。
 だからちょっとでも可能性があれば排除しようみたいな?
 ホント心配性だからなあ、お母さん。
 心配しすぎっていうか、親の欲目が大きすぎんだよね……
 あなたの娘は、男になんかモテないですって。
「用がなければ、これで失礼するので! じゃあ!」
 椿君に抱えられたまま、生徒会室をほとんど引きずられるように出る。
 この状態の椿君に逆らっても力負けするんで、私はなすがままになっていた。
 椿君が無理矢理私に言うことをきかせようとするのは、正直あんまり好きじゃないって
言うか、気に入らないけど。
 どうしても嫌な時は暴れるけど。
 今は別に、どうしてもここに残りたいわけじゃないし。
「あ、用はあるんだよ、かのこちゃん。新歓の、部活説明会の打ち合わせ」
 城蘭先輩が、そう呼び止めたけど。
「生徒会の方の用事もそれだったよ」
 矢吹先輩も、そう言ったけど。
「後で部長を寄こすんで、それと話してくれっ!」
 と言って、椿君は二人の視線を急いで遮るように戸を閉めた。
 そのまま手を引かれて、急ぎ足で部室に向かう。
 椿君は大股で歩いてるだけだけど、私は脚の長さの差のせいで小走りだ。
 息切れした辺りで、部室に着いた。
「椿君、一緒の時はもっとゆっくり……」
「苗床!」
 文句言おうと息を整えている間に、肩を掴まれて壁に押しつけられた。
 ……まだ怒ってるのか、この男は。
 ていうか、何を怒ってるんだか。
「矢吹の野郎に何かされたのか?」
 ……本当に、何かお母さんに頼まれてるのかな。
「何もないよ……って、ああ、パートナーになりたいって、申し込まれた」
「パ…… パートナー!?」
 ……椿君が、愕然とした顔をしている。
 そんな驚くようなこと?
 もしかして、やっぱり私の知らない常識がなんかある?
「……なんて答えたんだ?」
「いや、答える前に椿君が入ってきたから、答えてない」
「……なんて答えるつもりだった?」
 ものすごく深刻な顔で、椿君は問い続けてくる。
 やっぱり私が何か間違ってるんだろうか。
「ビジネスパートナーを選ぶには、まだ早いからって言うつもりだったよ」
「……ビジネスパートナー」
 そこで、へにゃっと椿君が脱力したように崩れ落ちた。
 私の肩の上に頭を載せて、深く息を吐く。
「パートナーって言ったら、仕事だよね」
「あ、ああ……そうだな」
 疲労の滲む声で、椿君は答える。
「苗床」
 でも、椿君の復活は速かった。
 きっと顔を上げると、私を覗き込む。
 ……顔、近いなあ。
 いつも思うんだけど、椿君、これ、他の人にもやってんのかな。だとしたら、かなり罪
作りな気がするんだけど。
「今度からパートナーの申し込みがあったら、先約があるって答えろ」
「へ?」
「いいか、『先約がある』だ。矢吹にも、また言われたら、そう答えとけ」
「別に、先約なんかないけど」
「今するんだ! 俺と!」
「椿君と? でもこの先、仕事でまで付き合うかどうかなんてわかんないし」
「わかんなくてもいーんだよ! とりあえず予約だ! 青田買いだと思っとけ」
 仕事でも、椿君といっしょ……
 ……不覚にも、ちょっとなんか嬉しくなった。
 それは何年後かわからないけど、その時も、いっしょにいようって椿君言ってくれてる
……んだ。
「お前の相棒は、俺でいいだろ?」
「相棒……」
 あ、やば。
 ……顔が笑っちゃう。
 相棒。
 なんか、すごく嬉しくなってきた。
 桃ちゃんと親友で、椿君と相棒。
 すごく、いっしょにいる感じがする。
「……なえどこ?」
 椿君が覗き込んで来る、その顔をまっすぐに見上げた。
「……うん!」
「…………」
 ――そして椿君も、すごく嬉しそうに笑ってくれた。

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