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「はよ」
「はよー、椿」
 待ち合わせの約束だった駅前に着いたら、夏草が一人で立っていた。
 苗床はさっき「ごめん、ちょっと遅れる」っていう、メールが入ってた。
 花井も遅れるタイプじゃないから、辺りを見回す。
 やっぱり、姿はなかった。
「花井はまだなのか?」
「ああ、さっきメール来た。昨夜、苗床が花井んちに泊まりだったらしいぜ。一緒に来る
って書いてあった。一緒に弁当作ってたら、なんか時間ぎりぎりになりそうだって」
 ……俺宛てのメールは「ごめん、ちょっと遅れる」だけだったぞ。
 発信者の差か。まあ、苗床から俺に来ただけマシだと思うことにしよう。
 それで、泊まりか……
 ……羨ましくなんかねーよ。
 いつものことだ、いつものことだ。
 苗床と花井が一緒に弁当作って……って言っても、大半は花井が作ったんだろうな。苗
床は握り飯以外、自作の料理見たことねーし。
 俺は切符を買ってから、駅の売店でイチゴ・オ・レを買った。
 夏草の話に適当に相槌を打ちながら、それを飲み終わる頃。
 大荷物を抱えた二人が、よたよたと走ってくるのが見えた。
「大丈夫か?」
 夏草が出迎えるように走り寄る。
 俺もそのすぐ後ろから近づいた。
「作り過ぎだろ、向こうで買ったって良いってのに」
 俺が苗床から荷物を取り上げると、夏草の差し出していた手に花井も荷物を渡す。
「だって、海の家は高いって、桃ちゃんが」
「行くまでにへばってたら、遊べないだろ?」
 噛みついてくる苗床の頭を掻き回すと、「おにぎりいっぱい作ったのに、椿君にはやら
ないっ」と喚いている。
 ああ、やっぱり苗床は握り飯担当か。
 おかずは花井が作ったんだな。
「まあまあ、椿、いいじゃんか。俺は花井と苗床の手作り弁当の方が嬉しいぜ」
 楽しみだな! と夏の似合う顔で笑う夏草は、暑苦……いや。
「次の特急来るから、ホーム行くぞ。ほら、切符買え」
 苗床を切符売り場の方に押し出すと、身軽になった花井と一緒に切符売り場に駆けて行
った。
 これから特急電車に乗って、俺たちは海に行く。
 夏の定番の遊びだけれど、多分こんなのに慣れているのは夏草と花井だけだ。
 俺は面倒臭くて、今まで同い年の連中と海になんか行ったことがない。親に連れて行か
れた古い想い出が、俺の最後の海の記憶だ。
 苗床は面倒以前に、多分去年の夏まで友達と海に行くなんて、考えたこともなかっただ
ろうっていうのは想像に難くない。
 あれだけ転校していたら、海辺の町にいたことだってありそうな気はするが。
 でも、住むのと遊びに行くのとじゃやっぱり違うだろう。
「切符、Z海岸まででいいのかな」
「俺もそれで買ってある」
 二人が戻ってくるのを待って、自動改札を通った。
 世間の学生は夏休みに入ったばかり。
 ホームにはあちこちに出かける、どこかで見たような連中もいた……行き先が同じヤツ
もいるかもな。
 空は、よく晴れて、海のように青かった。


〜続く〜

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