戻る
「ねえ、どこから来たの?」
「私たちと一緒に遊ばない?」
「ごめん、俺たち連れがいるから」
 夏草と一緒にいることの最大のメリットは、逆ナンの相手を一手に引き受けてくれるこ
とに尽きると思う。
 俺は返事したくないどころか、顔を見る気にもなれない。
 夏草にすべて返事を任せて、俺は視線を逸らしていた。
 俺たちはようやくZ海岸に着いて、まず荷物を預けたり着替えたりするのに海の家に入
った。海の家の食いモンは高いとは言ってたが、なんだかんだ海の家を使わないとやっぱ
り不便だ。
 海の家のロッカーを借りて荷物を置き、水着を着てパーカーを羽織り、必要な物だけ持
って外に出た。女の方が支度に時間がかかるのは一般的な話だが、やっぱり俺と夏草の方
が先に出て来たので、そこで苗床と花井が出てくるのを待っている。
 夏草が日避けのパラソルは必要だと言うから、パラソルを海の家の前で借りて。
 だがそのほんの僅かの時間で、二組の女のグループに声をかけられた。
 定型過ぎる上に、しつけーよ、お前ら。
 一回断られたら、「でも」とか言ってねーでどっか行け。
 そしてようやく苗床たちが出て来た時にも、俺たちは逆ナン女にまつわりつかれていた。
 出て来た二人は元々服みたいに見える水着だからか上には何も羽織らずに、二人で何を
話しているのか楽しそうに笑いながら……俺たちの様子には気がついてない。
 俺たちが逆ナンで困ってるかもなんて考えもしてないな……とは思ったが、不思議とこ
れには腹は立たなかった。
 苗床の水着姿が見られただけで、そんなことはどうでもいいような気分になれた……と
いうところかもしれない。
 上には着てないから、二の腕から肩はすっかり出ていて。ワンピースみたいな水着って
言っても、やっぱり水着だから丈は短くて。いつもより高い露出度と見えそうなミニスカ
並の丈が、ぐっと来る。
「夏草、行ってるぞ」
「え!? 椿!?」
 俺は迷うことなく、しつこい女たちを追い払いかねている夏草を置いて、荷物を肩にか
け、パラソルを抱えて苗床たちの方へ近づいた。
「夏草君は?」
 花井が、女に取り囲まれて逃げられない夏草を指して訊いてきた。
 ……夏草の状況は見ればわかるだろうと思うが。
「後から来る」
 来るだろ、子どもじゃねーんだし。
「逆ナンかー。夏は開放的な気分になるってぇヤツだね」
 女に捕まってる夏草の方を見て、苗床はうんうんと頷いている。
 言い回しが昭和っぽいぞ、お前。
「行くぞ。場所取りしねーと」
「え、もうちょっと見てちゃだめ?」
「駄目だ」
 こっちに来たら鬱陶しいだろうが。
 苗床の手を引いてとっとと歩き出すと、花井も夏草の方を気にしながらも並んだ。
 海の家から少し離れて、砂浜の外れ、岩場の手前……という、どうにか芋洗いな雰囲気
が薄れてきたところで。
「この辺でいいか」
 周りには、人混みを避けた家族連れがちらほら。レジャーシートを敷いた上で荷物番の
父親が昼寝をして、波打ち際で子どもが遊んでいる。
 人がこの後増えるんだか増えないんだかは、海に馴染みがないからわからないが。
「いいんじゃないかな」
「じゃ、敷くぜ」
 俺たちも荷物からレジャーシートを出して敷き、荷物で重しにして、その上に影が落ち
るように借りてきたパラソルを立てた。
「おお、なんか、海水浴っぽい」
「お前、海水浴来たことあるのか?」
「昔、海岸沿いに住んでたことがあってさ。ちょうど夏場で、見に行くのは好きだった」
 やっぱ、そうか。
 さて、そんな感じで拠点の準備は整ったかというところで。
「つばきー!」
 夏草が走ってきた。
「置いてくなんてひでーよ!」
「遅かったな、夏草」
「いや、椿が行っちゃったから、女の子たち文句たらたらで……ってそうじゃなくて!」
「こっちの支度しといてやったんだから、チャラにしろよ」
 夏草はその時は、ぶーたれていたが。
 レジャーシートの上に座っている花井たちを見て、黙った。
 ……俺も他人のことは言えないが、わかりやすいな。
 花井と苗床は、レジャーシートの上で何をしてるかって言うと。
「かのちゃん、女の子なんだから日焼け止めは塗らなきゃ」
「え、そういうのって必要なもん?」
「日焼けはお肌に悪いんだよ。かのちゃん肌白いから、焼くと赤くなって痛いと思う。き
っと」
 と言って、花井が苗床に日焼け止めを塗ってやってる真っ最中だ。
 顔、腕、背中……と。
 背中は見えているところだけだから、面積は広くないが……背中というか、うなじだ。
日焼け止めが髪に付かないように、苗床が手で髪をすくいあげる仕草とか……普段はまず
見ない。
 そのうなじに日焼け止めを塗る時に、ちらりと花井が俺の方を見た。
 ……咎めるなら、見えるとこでやるんじゃねーよ。
 最後に脚。
 ……って。
 ただ脚に塗るだけでもエロく見える気がするのに、裾をめくってとか……
「わ! なんだよ、椿ー! 何も見えないって」
 見せねえために目を塞いでんだから、当たり前だろーが。
 とりあえず脚まで塗ったら、苗床に日焼け止めを塗るターンは終了したようだ。
「今度は、桃ちゃんに塗ってあげるね」
「ん、じゃ、顔と腕は更衣室で塗ったから、後は背中お願いしていい?」
 苗床の方が日焼け止めを持ったので、俺は夏草を放してやった。
 それで、いきなり花井のうなじに苗床が日焼け止めを塗ってるとこが目に入ったようで。
 一瞬惚けたようになって、呟いた。
「……来て良かったなあ」
「お前、単純過ぎ」
 ……本当に他人のことは言えないが、単純だな。

〜続く〜

戻る

inserted by FC2 system