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 ああ、またあの夢だ。
 そろそろ慣れた。
 ……私が猫になってて、椿君に飼われてる夢だ。
 猫と言っても、猫耳猫尻尾の人間サイズだけどね。
 でも、人間サイズだけど「にゃー」しか言えないから、やっぱり猫なんだろう。
 今回は……
「にゃ」
 ……わかってたよ、わかってた。
 猫だからね!
 耳と尻尾は黒で、黒ワンピ姿も前の夢から変わっていない。
 にゃーだけでは椿君とはきちんと意思の疎通をするのは難しい……ということは、学習
している。
 文字を書いて伝えるというのは、猫の範疇から外れるせいか、前回の夢では実現できな
かった。
 今回は、どうするか……やっぱり外に出てみたいけど、椿君に邪魔されそうだなあ。
 ……とりあえず椿君が登場する前に、もう一回チャレンジしてみようか。
 前回はテラスから出ようとして邪魔されたから、今回は玄関からにしてみよう。
 よし、じゃあ玄関はどこかな……っと。
 玄関、玄関……
 うん、やっぱり鍵はかかってそうだ。
 これに手を伸ばすと……
「かのこ」
 やっぱりー!
 どうしてもこのタイミングで現れるのか、椿君は!
 どうしても私を外に出したくないのかー!
 また後ろから抱き上げられて、私は玄関の扉から引き離された。
「にゃー!」
「暴れんなって。本当に、お前はおとなしく抱かれねーな」
 ムカついて暴れたけど、椿君は放してくれない。
 そのまま、またいつものリビングに逆戻りだ。
 私はしばらくおとなしくして……椿君を油断させる作戦をとることにした。
 リビングに入ったところで、もう一回急に暴れて椿君の腕から逃げる。
「にゃー!」
「あっ、かのこ、逃げんな!」
 夢でだって、学習するもんね!
 私は椿君の腕から飛び出すと、台所の方に走った。
 椿君は追いかけて来る。
 考えたんだ。
 喋れない、文字を書くのもダメなら……
 台所に入って、私は、あるものを探した。
 私の夢なんだから、ある!
 きっとある!
 ……あった!
 桃!
 台所の果物籠に入っていた。
 そう、喋れないならジェスチャーで……!
 私は桃を一つ取って、振り返って椿君に突きつけた。
 ……猫なのに、桃を持てるのはアリなのか。
 自分で持っておきながら、そんなことを考えてしまう。
 ほんと、夢だよなあ。
 一貫性がない……
 ともあれ椿君は、私の前で急ブレーキをかける。
「かのこ?」
 怪訝そうに、桃を見て首を傾げている。
 桃は、もちろん桃ちゃんを示しているつもりだ。
 桃ちゃんに会いたいんだってば。
 椿君が怪訝そうなので、通じてないかなーと、桃にほおずりしてみる。
「…………?」
 ……通じてないな。
 桃ちゃんに逢いたいんだよ。
 私の夢の椿君ならわかってよ。
 空いた方の手で、椿君の袖を引っ張って、椿君を見上げる。
「お前……そんなに」
 通じた!?
「桃が食いたいのか? 変わった猫だな。しょーがねーな、剥いてやるよ」
 違うってばーっ!



「椿君ってさあ、もしかして桃ちゃんのこと、苦手だったりする?」
 あの夢の話をまたすると、からかわれる気がするので、とりあえずそれは伏せて。
 疑問に感じたことを聞いてみた。
「……なんでそう思ったんだ?」
 いや、それは正直には言いにくいかな。
 私の夢で、桃ちゃんに会わせてくれないから、なんて。
 でももしかしたら無意識に、現実の椿君が桃ちゃんを苦手に思ってるようなところを感
じ取って、夢の中で警告的に示されているんじゃないかとかね……
「なんとなくなんだけど。あ、全然違ってたらごめん」
「いや、苗床がそんな風に思うとは思わなかったけど、得意じゃねーな」
「やっぱり!?」
「……何があったんだ?」
「あー、いや」
「なんだよ、言えよ。気になるだろ?」
「ユング的にっていうのか」
「ユング?」
 しまった。
 椿君が考え込んでる。
 頭良いから、知ってたら意味わかっちゃうかも。
「……夢か?」
 本当に通じたよ……
「この察しの良さを、夢の中でも発揮してくれればいいのに」
 はぁ、と溜息が出る。
「つまり苗床の夢の中で、俺が苗床の言ってるのが花井のことだと察しないってわけか」
「まあね。桃を見せても、どうしても桃ちゃんを連想してくれなくてさ」
「桃を見せて?」
「うん、喋れないから。家から出してもらえないし、桃ちゃんに逢いたいっていうのが、
どうしても理解してもらえなくて」
「それで桃を見せて?」
 ……あ。
 ……椿君がニヤニヤ笑ってる。
 しまった……!
「またあの、俺に飼われてる夢か。お前、どんだけ無意識で俺に監禁されたいと思ってる
んだよ」
 違うっ。
 無意識の教唆はそっちじゃないー!

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