戻る
「ほら」
 笹を一枝持って、粒麗荘へ行った。
「どうしたの、これ」
 そんなに長いものでもないそれを差し出すと、苗床は首を傾げた。
「貰ってきた。お前、一人だと七夕なんて関係なさそうだし」
「まあ、一人だと関係ないけど。それが?」
 本当にロマンティックと無縁な女だな。
「今日は、織姫と牽牛の逢瀬の宵なんだぜ?」
「……意外に椿君は、ロマンティストだよね」
 男は惚れた女と過ごす口実になれば、いくらでもロマンティストになれるもんだ。
 もちろん、下心はコミだけどな。
「短冊も持ってきた。なんか書けよ」
「えー。こういうの苦手なんだけど」
「爽やかな女は、そんなことは言わねえぞ」
「…………」
 苗床は返事に詰まったが、俺は気にせず上がり込んで、バケツを出して笹を活けた。
 苗床はその間に卓袱台に短冊を置き、首を捻っている。
「何を書いていいか、さっぱりわかんないよ」
「なんでもいいだろうが」
「椿君も書きなよ。私だけじゃ、ずるい」
 苗床の手元を覗き込んでいたら、短冊を一枚突き出された。
 何が「ずるい」なんだか。
「いいぜ、いくらでも書いてやる」
 俺は短冊を受け取り、ペンを取る。
「何? そんなにたくさん願い事があるの?」
「ある。何枚でも書けるぜ」
「へー。じゃあ、書いてよ。私だけじゃ短冊飾り、せいぜい一枚だって」
「おー。後悔すんなよ」
「……へ」

『苗床と結婚できますように』
『苗床に悪い虫が寄ってきませんように』
『苗床がHの時に満足しま』

「ば、ばばばっかじゃなろうか!!」
 真っ赤になった苗床に、ペンを取り上げられた。

 だから、後悔すんなって言ったじゃねーかよ。

戻る

inserted by FC2 system