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 夏休み半ばのある日。
 富中の連中で集まって、肝試しをすることになった。山田んちから出発して、近所の神
社に行って帰ってくるだけのものだ。
 脅かし役も決めないとか、単に集まる口実が欲しかっただけってところだが。
「じゃ、最初私と桃ちゃんで行くね」
 ……組み合わせがクジで、こうなるって、どーなんだとは思うがな。
 ……苗床が他の男と一緒に行かないだけマシか。
 先に行った二人が戻って来てから、次の二人が出発だ。
 だが、花井と苗床はなかなか戻ってこなかった。
「大丈夫かな……?」
 夏草がおろおろし始めた辺りで、花井だけが戻ってきて。
「花井、苗床は?」
「かのちゃんと神社ではぐれちゃったの」
 はぐれるような大きさの神社じゃねーだろ。
 今日は何に引っ張られたんだ、あいつは。
「しょうがねーな。どうせ次だったんだ、俺と山田で探しに行く。夏草はここに残って花
井と杜若と待っててくれ。戻って来るかもしれねーし」
「わかった」
 夏草が頷いたのを見て、俺は山田と一緒に山田んちの庭から外に出た。ここから、神社
まで夜道を歩いて。
 ……あいつは本当にまったく。
 女なんだから、夜にうろうろどっか行くのは勘弁しろよ……!
「苗床ー」
 山田が神社の中に入っていく。
 俺は神社の中じゃなくて、外じゃないかと周りの道を見回していた。
 すると。
「ぎゃーっ!」
 神社の奥から、轟き渡る山田の悲鳴が聞こえた。
「どうした……!」
 慌てて悲鳴の方へ走っていくと。
「な、なななえどこが」
 腰を抜かしてひっくり返った山田と、薄暗い神社のお堂の前にぼんやりと立つ……
 もげた自分の首を抱えた、首のない苗床が……!
 ……苗床が。
 俺はかーっと頭に血が上って、立っている苗床のところに大股で突進した。
「苗床っ!」
「え。つ、つばきく」
 その、今は頭の見えない、頭のある辺りに一気に手を伸ばす。
 そして、頭があるであろう辺りを掴んだ。
 ……掴めた!
「苗床っ! 悪ふざけが過ぎるっ!」
「つ、椿君、これ肝試しなんだから」
 じたばた暴れて、苗床の手から苗床の偽首が飛んで、山田のところに転がっていって。
「ひー! 首ー!」
 山田がわたわたと逃げだそうとしている。
 状況見れば、ニセモノだとわかるだろ。
 そんな様子をちらっと見た隙に、苗床は自分で黒い布袋のかぶり物を頭からとった。
「山田、こっちだ」
「え?」
「苗床、ちゃんと首あるから」
「え、えー!? じゃ、これは……?」
 偽生首を、おそるおそる山田はつついてみている。
 それに苗床が答える。
「桃ちゃん作の、等身大苗床かのこ人形の首だけ」
 ……花井め。グルか。
 さてはクジもイカサマだったな……!
「に、人形……」
 へなへなと、山田が更にヘタれた。

「あ、椿! 苗床いたか?」
「ああ」
 俺はそう答えて、夏草に苗床の首を放り投げた。
「え、な……なえどこー!?」
「ぎゃー!?」
 杜若も悲鳴を上げて飛び退く。
 触れば、人形の首だって一発でわかるんだがな。
 それでもびっくりって……どんだけだ、花井。
「夏草。人形だ」
「え?」
 そこで、ひょいと俺の後ろから苗床が顔を出す。
「に、人形?」
「……ごめんなさい……肝試しなら、普通は驚かさないといけないんじゃないかってかの
ちゃんが」
 花井、謝るぐらいなら苗床を止めろよ。
 苗床も、こんなところばっかり『普通』にしなくていいっての。
「俺は死ぬほどびっくりしたぜ、苗床〜!」
 山田が恨めしそうに言っている。
「ホント、悪かったよ。山田の引っかかりっぷりはすごかったね」
「その生首、怖すぎだって」
「上手いよね、桃ちゃん」
「花井、なんでこんなもの作ろうと……」
 苗床の偽生首を持って、夏草が真剣に聞いている。
「等身大かのちゃん人形を作ろうと思ったんだけど、梅ちゃんに止められちゃって」
 ああ……止めるな。
 普通の感性なら、止める。
 花井の答にすごく納得した。
「それで、首だけ残ったんだけど、かのちゃんがここで試しに再利用してみようって」
 花井の無駄な技術に、苗床の悪戯か……
 噛み合うと、とんでもねーな。
 いや、試しにって言ったな。
 ……他に何か、使うつもりなのか……
「肝試しはここまでにしようぜ。十分肝が冷えたしな」
「うち、行けって言われてもイヤや」
 夏草と杜若がぶんぶんと首を振って拒絶を示したので、肝試しはそこでおしまいになっ
た。



 その後。
「花火買ってあんだけど、みんなでやらないか」
 山田が手持ち花火とバケツを出してきて、花火を始めることになって。
 俺は、隅っこで線香花火をちまちまやりだした苗床の隣にしゃがんで。
「みんな引っかかって、満足か?」
 苗床の頭をぐしゃぐしゃ掻き回した。
「あー! 火玉が落ちちゃうー! ごめんってば、椿君。でも、一つだけ、残念だったか
も」
「なんだよ?」
「山田も夏草君も杜若さんも驚いたのに、椿君は最初から冷静で、すぐ見破られちゃった
よね。それだけちょっと気に入らない。ちょっとくらい驚けば、可愛げあるのに」
「可愛げなんざ、なくていーんだよ」
 ……お前にあの時の俺の心臓の音が聞こえてたら、そんなことは言わねーだろうな。
 でもな。お前の首がないなんて、俺に信じられるわけがねーだろが。
 ――お前の亡骸を見たって、俺はそれを信じないだろうって、今日よくわかったぜ。

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