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 いつもの四人で花火を見に行くことになった。
 花火は、あれだ。打ち上げ花火。
 少し電車に乗って行く。
 浴衣を着てこいと言われたので、面倒だったが皆着るならと仕方なく着て、待ち合わせ
の駅に向かった。
 駅に着いたら案の定最初にいたのは夏草で、苗床と花井は着付けに手間取りでもしたか、
ぎりぎりに来た。
 かたかたと下駄を鳴らして走ってくる姿に、おもむろにケータイを向ける。
 ――苗床が気がつく前に撮っちまえ。
 花井の言うことならなんでも聞く苗床は、浴衣を着るのも二つ返事で承諾したらしいが、
コスプレは黒歴史だから写真は撮るなとかなんとか俺にはくどくどと言ってきた。
 本当は浴衣を着るのは嫌だのなんだのと。
 ……中学の時の文化祭の写真を俺が持っていることを、苗床はまだ知らない。
 知られたら奪いに来そうなので、まだしばらくは言うつもりはない。
 あの頃から同じで、地味に目立たずというスタンスでいたいようなのは変わりないらし
い。
 俺と並ぶのも、それで時々嫌がるってのが少しムカつく。
 俺だって好きで目立ってんじゃねーっての。
 苗床単体でも十分目立つ、無理だ、意味ねーと言っても、聞きゃあしない。
 いいじゃねーか、浴衣。
 花井が選んだのか、色柄はおとなしめだが、苗床に良く似合ってる。走って、共布の巾
着が揺れている。
 可愛いじゃねーか。
 確かに華やかな浴衣の花井と並んでれば、男の目はより引くが……
 ……ヤベェ、想像しただけでムカついた。
 これで、電車に乗るのか……
「ぎりぎりになっちゃってごめんね」
「大丈夫、まだ時間はあるさ。さ、行こうぜ」
 花井が謝って、夏草が答えている。
「どうしたの? 椿君、不機嫌」
「なんでもねーよ」
 苗床の浴衣姿を他のヤツに見せたくないとか今から言っても、どうにもなんねーしな。
 俺たちは、揃って電車に乗った。
「苗床」
 四人で車両の隅に乗って、反対側の扉の前に固まる。
「なに?」
 一歩近づいた苗床の手を取って、引っ張って腕の中に入れて半回転した。
 それで苗床を扉側に隠す。
「ちょっ、椿君!?」
 苗床がわたわたしてるが、もちろん離さない。
「……椿ぃ」
「なんだよ」
 夏草が呼んだから、そっちをチラ見したら困ったような顔をしてた。
 でもそれ以上何も言わない。
「椿君」
 花井の声がしたが、それは敢えて無視することにする。
「それじゃ、私たちがかのちゃんとお話できない!」
 ……いいじゃねーか。着付けする時に散々話しただろうに。
「椿君、離してよ」
 腕の中で、苗床が睨みつけてくる。
 でも怖くはないから、拒絶の意味で顔だけ逸らす。
「ヤダ」
「桃ちゃんと話できないってば」
 ……そんなに話したいのかよ。
 しょーがねーな。
 苗床を腕の中で更に半回転させて背中から抱く形に変え、そして苗床を抱いたまま90°
だけ回った。
「これでいいか?」
「……椿君」
「なんだよ」
「離してってば」
「ヤダっての。顔見えてれば、話はできるだろ?」
「椿君がくっついてると目立つんだってば!」
「花井と並んでたって目立つんだから同じだ」
 こうでもしてないと、いまだに並んでるだけじゃ俺のもんだと思われないからな。
「かのちゃん」
 花井が、扉の前……苗床の正面に移動した。
 ああ、その位置はいい。正面からの視線が遮られるからな。
 それに合わせるように、夏草が横に来た……協力に感謝するぜ。これですっかり苗床は
囲まれて、他からは隙間から見えるだけだ。
「椿君、束縛が酷くなってない?」
 花井の言葉に、苗床が視線を逸らした。
「どうしてそんなに」
「変なムシが寄って来るのを心配して悪いかよ」
「そりゃかのちゃんは可愛いけど!」
「ホラ、心配するのもしょうがないだろ?」
「それは……」
「花井、椿」
 俺と花井で話していたら、横から夏草が真顔で呼んだ。
「その辺でやめてやれよ……苗床、顔色が悪くなってきたから」
 夏草。
「……少しは空気読めるようになったんだな」
「空気読めなくても、顔色は目に見えるからさぁ……椿」



 花火の会場は河原だった。
 着いた時には、もうかなりの人出で。
 場所を確保してから夜店で何か買ってこようとなって、女だけ残すのはやっぱり危ない
だろうと、夏草と花井が二人で買い物に行った。だが、花火が始まる時間になっても戻っ
て来なかった。
 人波で戻って来れなかったのか。
 それとも気を遣ってくれたのか。
 あるいは、夏草が男を見せたのか。
「桃ちゃんと夏草君……戻って来ないね」
「人出が多すぎて、戻って来れないのかもな。迷ってるならケータイもあるし、電話して
来るだろ」
「そうだね……あ」
 そう言ってる時に、一発目の花火が上がった。
 打ち上げ場所が近いからか、かなり大きな爆発音の後に、頭上に鮮やかな花火が開く。
 はらはらと火花が降って来そうな、大きな花火だった。
 それを皮切りに次々と赤、青、緑、黄色、ありとあらゆる色の花火が打ち上げられる。
「すごいね、あれ半球だよ。どうやってるのかな」
「こういう花火、見たことねーの?」
「あんまり。花火大会に行ったことはあるけど、人ばっか見てた気がする」
「苗床らしいけど、こんなとこで人見て、なんかおもしろいもんあったか?」
「おもしろいのも色々あったけど、一番多かったのはエロいことしてた若人かなあ」
「……へー」
「暗いし、みんな上見てるから、見られてないと思ってたんだろうね。花火の音も大きい
し」
「……ふうん。こんな?」
 俺はまた、苗床を引き寄せて腕の中に入れた。電車の中で抱いていた形と同じだ。
「つ、椿君っ」
「こんな話を振るなんざ、そうして欲しいと言ってるのと同じじゃね?」
「って、聞くからじゃん!」
「花火、見てろよ。こうしてたって見えるだろ? 大丈夫、苗床みたいなのがいない限り
は、こうしてるのなんか誰も見ちゃいねー」
「…………」
 苗床は顔を顰めながら、でも言う通りにまた上を向いた。
 言う通りにしたんだが、それがなんとなく癪に障った。
 ……そんな無警戒かよ。
「なあ、苗床」
「なに、椿君」
「女の着物、脇に身八つ口が開いてるだろ?」
「うん」
「これって、こう使うらしい」
 そこに、手を差し入れる。
 ――苗床が身を固くしたのがわかった。
「……花火、見てていいぜ」
「や……外だよ」
「誰も見てねーって」
「外だってば……!」
「声出したって、花火の音で聞こえねーよ」
「……っ!」

 しばらくして、夏草と花井が戻ってきた。
 雰囲気的には色っぽいような話でもなく、人波に紛れて別の場所に運ばれてしまったと
いうことのようだ。一生懸命戻ろうとして、電話も入れ損ねたということらしい。
 二人が戻って来なかったのは短くはなかったが、ものすごい長時間というわけでもなか
った。
「ごめんね、かのちゃん。電話入れれば良かった」
「……ううん、大丈夫だった?」
 ……もう少し、戻って来なくてもよかったんだがな。
 それから一時間ばかり花火を見て。
 電車が混雑するのを避けて、花火が全部終わる前に俺たちは帰途についた。
 俺は責任を取って、苗床を粒麗荘まで送ってから家に帰った。

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