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 どんぐりを拾った。


「なに持ってんだ?」
「どんぐり」
 また意味もなく近くまで顔を寄せて手元を覗き込んできた椿君を、軽く引き気味に見上
げながら答えた。
 手にあるのは、朝、出掛けに自転車の横に落ちていたので拾った、どんぐり。
「……なんでだ?」
「なんでって、拾ったんだよ」
「何に使うんだ?」
「なにかに使うんじゃなきゃ、拾っちゃいけないの? まあ、柄じゃないのは認める」
 どんぐりなんて、なにかの証拠になるわけでもない。でも私が持ってたら、そういうも
のだと思ってそうだ、椿君は。
「クヌギの木が近くにあるわけでもなかったから、誰かが持ってきて落としたのかもしれ
ないけど、この近くのかなあと思って」
「遠くから持ってくる意味もねーだろ。近くのじゃねーの」
「じゃあ、もう、そんな季節なんだ」
 椿君は、本気で不思議そうな顔で首を傾げた。
 あー、まあ、言わないとわかんないよね。
「この辺はもっと秋も冬も遅いのかと思ってたんだよね。ほら、椿君、前に富ヶ丘はあん
まり雪降らないって言ったじゃない」
「ああ、言ったっけな。……それで秋が遅いって、短絡だろ」
「日本は細長いしね。遠く離れてるわけでもないのに、ほんのちょっと土地が違ったら、
気温が5度違うとかあるからさ。引っ越してると、引越し前と後で季節感が違うことって
結構あったよ。だからさ」
 私は、富ヶ丘の夏から秋への移り変わりは体験してないから。
 秋になってから来たこともあったけど。
 でも、ビジターだった。
 住んでたわけじゃないから、私にとっての富ヶ丘の秋は突然のものだった。
 もちろん、その時住んでた場所も秋だったけどさ。
「この辺に秋が来るのは、もっと遅いのかと思ったんだよね」
「……去年は、住んでなかったからか」
 通じたらしい。
 あんまり上手く説明できなかった気がしたけど、椿君はわかったみたいだった。
 ぽん、と、椿君の手が私の頭に載った。
「これから、秋から冬もいつ来るかわかるし」
 叩くのではなく、撫でている。
「これからずっと、この時期に秋が来るのがお前の当たり前になるさ」
 これからずっと。
 この辺に住み続けるなら。
 高校を出た後どうなるのかなんてわからないけれど。
 でも、椿君の手と「これからずっと」という響きは、少し心地良かった。

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