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 夢か。
 ……夢だな。
 間違いない。
 場所は俺んちのリビングだが、ソファで苗床が丸くなって寝ている。
 しかも黒い猫耳と尻尾付きだ。
 夢で間違いないだろう。
 あれだな、最近こういう夢を見るって話を苗床から聞いたからだな。
 前にも見たことがある気がするが、良く憶えてねーや。
 苗床が見る夢では、外に出たいのに出られないって話だったが……今回は、俺の見る夢
なんだから。
 ……出すわけねーな。
 俺は丸くなって寝ている猫の苗床の隣に腰を降ろした。
 なんて呼べばいいんだろうな。
 苗床の夢じゃ、かのこって呼んでたらしいが。
 かのこ、か……
 ……照れるな。
 ……苗床でいいか。
 苗床の頭を撫でていると、苗床の耳がぴくっと動いた。
 猫耳、本当に猫だな。
 手触りとか、ぬいぐるみじゃねーや。
 尻尾もか?
 ワンピの裾から出てる尻尾を撫でると、尻尾が俺の手を叩くように振り回された。
 見ると、苗床が起きて顔を上げている。
「にゃ」
 ……勝手に触ったって怒ってるな、これは。
 そして本当に「にゃ」しか言えねーのか。
 これは苗床から夢の話を聞いて、刷り込まれてるせいかもな。
 苗床は一回ソファに座り直し、それから立ってテラスの前まで行った。
 そこで、俺を振り返る。
「にゃー」
 …………
「にゃー」
 ……外に行きたいって言ってるな。
 自分で開けようとしないのは、俺の夢だからか。
 俺は、立ち上がってテラスのところまで歩いていった。
「にゃ」
 開けてくれるって期待してか、苗床は笑顔を見せる。
 ……この笑顔が花井に会いたいためだと思うと、ムカつくな。
 ……俺の夢なのに。
「ダメだ」
「にゃああああっ」
 俺はそのまま苗床を抱えて、ソファに戻った。
 抱くと暴れる。
 これ、ケチャプーと苗床が混ざってんのか?
 いや、苗床だけでも暴れるか。
「暴れんなって」
 俺は苗床を膝に乗せて、ソファに座った。
 この体勢でも文句言わないのはいいな。
 よしよし。
 頭を撫でてやる。
「にゃ」
 ……文句は言ってるかもしれないが、通じないからいいことにしよう。
「なんだよ」
 なんか文句あるか。
「にゃー……」
 ……作戦を変えたのか、苗床はすり寄ってきた。
 俺に頬ずりをして。
 膝立ちになると、ケチャプーがよじ登ってきたのを思い出す。
 肩とか首とか頭とかに、甘える時によじ登ってしがみついてきたよな、よく。
 前からとか背中からとか関係ねーって感じで登って、俺の顔に腹を押しつけてきて窒息
させられかかったことも……
 なんてことを思っていたからか。
 頭にしがみつかれて、ふにっとした感触が顔に。
 ……俺の夢はユングじゃなくてフロイト的だな。
「にゃ」
 苗床はしがみついてきた手を緩めて、俺の顔を覗き込み、それから頬を舐めた。
 ……これは俺の夢なんだから、好きにしていいんだよな?



「おはよー、苗床」
「おはよう、椿君。何? なんか機嫌いいね?」
「夢見が良かったんだ」
「へー、どんな夢だったの?」
「秘密」
「なんでよ」
「思春期だからな」

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