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 俺と苗床が食堂で昼飯を食ってる時だった。
「ここ、いいかな」
 そう言ったのは男の声だったので、反射的に睨みつけた。
 広い心の呪文は、気合を入れてないとすぐ解ける。
 これが俺にかけられた声だったとしても、別に構わない。興味ねーしな。
 ……が見上げたら、そこには見知った、でも意外な顔があったので、驚きで気が抜けた。
 昼食の載った盆を持って、そこにいたのは演劇部の鏡とか言う部長だった。
「どうぞ」
 俺が黙っていると、うどんを飲み込んだ苗床が先に答えた。
「ありがとう」
「で、何の用事ですか」
 ……まったくクッション入れねえな、苗床。
 でも、俺も何の用もなく演劇部の部長が俺たちに近づいて来るとは思わなかった。
 スパイ疑惑は解決しているし、個人的に謝るにしても、それは俺たちにじゃないだろう。
「……ずばりと来るな」
「昼休みは短いんで、手短にお願いします」
「君たちに頼みがあるんだが」
「頼みって?」
「手短にということだから、前置きは飛ばそう。真行寺さんのストライクゾーンを聞き出
してくれないか。高校生では幼すぎるということはわかってるんだが、じゃあどのくらい
が好みなのか」
 ……鏡部長が振られたことは聞いた。
 苗床は現場を覗いていたらしい。
 恋だの愛だのに興味ないと言いながら、見るものはちゃんと見てんだよな、こいつ。
「なんで私たちに? 聞き出すんならお恭先輩が適任じゃないんですか?」
「……あの子に上手く聞き出せるとはあんまり思えなくてね」
 正しい観察眼だな。
「聞き出してどうするんですか?」
 もう振られたのに、と、口にはしなかったが苗床の顔には書いてあって、ちょっと鏡部
長が気の毒になった。
 結局、まだ諦められないってことだろう。
「彼女が経済力を望んでいて年上が好みなら、俺にはどうしようもない。だがそうでない
のなら……」
 鏡部長は、ぐっと拳に力を籠めた。
「俺には演技力がある」
 ものすごく間違っているような気もしたが、でも好きな人に振り返って貰うために自分
を演出するってのは前にもあったな。
 これもそのバリエーションでしかないか。
 今の苗床にそれはないような気がするが、もし苗床の好みがわかったら、俺も自分の届
く限りそれに近づけるようにするかもしれない……いや、するだろう。
 そう思ったら、可能ならば、好みを聞き出すくらいは協力してやってもいいような気が
した。
「上手く聞き出せるとは限らないスよ」
「椿君」
 俺が鏡部長の頼みをきくようなことを言ったからか、苗床が少し驚いた顔をした。
「……聞き出せなかったなら、仕方がない」

 教室に帰る廊下で、苗床が首を傾げて訊いてきた。
「これも楽しい恋愛のススメ?」
「なんだよ?」
「椿君が他人のこういう話に首突っ込むなんて珍しいから」
「まあ、そうかもな」
 そう答えはしたが、まだ苗床は首を傾げている。
「ふーん。あの人から好みを聞き出すのも一筋縄ではいかないと思うけどね。正面から訊
いても答えてくれないよ。懐に切り込むような聞き方じゃないと」
 懐に切り込むような?
 苗床の言うところを上手く理解できず、俺も首を傾げる。
「駄目だったら諦めるって言ってたろ」
「それに、あの人の好みは演技力でどうにかなるようなものじゃない気がするけど」
「まだ足掻きたいんだろ、察してやれ」
「ふーん……」
 まだなんだか不思議そうな顔で、苗床は俺を見上げていた。



「ここ、いいスか」
 翌日の昼時に、食堂で俺たちは真行寺&東雲コンビに近づいた。
 昼飯の盆を持って、正面の席に座る。
「どうぞどうぞ!」
 東雲恭子は後輩の俺たちが近づいてきたことに気をよくしたのか、ずいぶんテンション
高く俺たちを迎えた。
 後輩に慕われる先輩だというのを、真行寺紫にアピールしている。
 軽く流されているが。
 ……この二人が親友だってのは、そもそも何かの間違いじゃねーのか……
「そう言えば真行寺先輩、演劇部の部長から……話あったんスか?」
 しらばっくれて、話を振ってみた。
 きっと東雲恭子は……例の話を自分の都合の悪いところはカットしたかもしれないが、
あの口の軽さで話しただろう。新聞部が巻き込まれた話と、俺たちが関わった話くらいは、
真行寺紫は知っていると見る。
「ああ、あの人。でも、私、好みがもっと大人な人だから」
 そして案の定、全部知っている笑顔で真行寺紫は答えた。
「大人って、どのくらいなんです? 社会人じゃないと、とか?」
「それは……」
 そこで、真行寺紫は言葉を濁した。
 やっぱり苗床の言う通り、一筋縄ではいかないか。
 と思ったところで、苗床が口を出した。
「リーマンものですか」
きらりと眼鏡が光ったような気がしたのは気のせいか。
「あら……そうね」
 真行寺紫は微笑みを浮かべ、首肯する。
 りーまんものって、なんだそりゃ。
「年上受で?」
「ジャンルにもよるわね」
 真行寺紫は、にこやかに答える。
 …………
 ……理解できない、いや理解してはいけない話が始まったような気がして、俺は続く言
葉を失った。



「まずスーツが似合うことが必須です。最低でも三十前後の雰囲気を。更に上なら、なお
良しです」
「なるほど」
 俺は調査からリタイアしてしまったので、苗床が鏡部長に報告していた。
「それから、相方が必要です」
「彼女はお笑い好きだったのか!?」
 ……多分、違う。
 だが鏡部長に正しく説明できるスキルは俺にはなかったので、ただ目を逸らした……

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